WHATの要件は「共感」

 ここまで読まれた読者の方は、ここで少し困惑されるかもしれません。というのも現在の日本企業の多くは何らかの形で「ビジョン」や「中長期目標」を打ち出しているからです。

 筆者は「WHAT」と「WHY」を示せていないことが日本企業の課題だと指摘しているわけですが、確かに多くの日本企業がなんらかの「ビジョン」や「中期目標」を打ち出しているという現状と、この指摘は不整合と思われるかもしれません。

 しかしこれは不整合でもなんでもありません。なぜなら、多くの企業が打ち出しているビジョン(と彼らが称するもの)は、ビジョンに求められる最も重要な要件を満たしていないからです。ビジョンに求められる最も重要な要件、それは「共感できる」ということです。

 目的とその理由を告げられて、自分もその営みに参加したい、自分の能力と時間を実現のために捧げたいと思うこと、つまりフォロワーシップがそこに生まれることで初めてそれと対になるかたちでリーダーシップが発現するのです。

 ところが、多くの日本企業のビジョンは、その事業に参画する人にとって「共感できる」ものになっていません。

 では、どのようにすれば「共感」を獲得できるビジョンを打ち出せるのでしょうか? 先述した3つの要素、すなわち「WHAT」「WHY」「HOW」に沿って、いくつかの事例を分析してみましょう。

アポロ計画、グーグルに共通するビジョンのシンプルさ

 まずは、ジョン・F・ケネディが1961年に打ち出したアポロ計画です。アポロ計画において、ケネディは主にスピーチという形をとってさまざまな関係者に対して継続的に次のようなコミュニケーションを行っています(*5)。

【WHAT】1960年代中に人類を月に立たせる
【WHY】現在の人類が挑戦しうるミッションの中で最も困難なものであり、であるがゆえにこの計画の遂行によってアメリカおよび人類にとっての新しい知識と発展が得られる
【HOW】民間/政府を問わず、領域横断的にアメリカの科学技術と頭脳を総動員して最高レベルの人材、機材、体制をととのえる

 極めてわかりやすく、また心に響くものになっているのが感じられると思います。

 ちなみにアメリカ国民に向けてこの計画を最初に発表した際、多くのNASA職員は宇宙計画の縮小を覚悟していたと言われています。そのような状況下で、このスピーチを初めて聞いたときの彼らの驚きと興奮をぜひ想像してみてください。

 さて、現代に目を転じて、この構造は同様にイノベーティブな民間企業においても観察される構造だといえます。

 たとえばグーグルのビジョンを分析してみましょう。グーグルは時期やメディアによってさまざまなビジョンやミッションステートメントを出していますが、それらを総合してみると下記のようなメッセージになります。

【WHAT】世界中の情報を整理し、誰もがアクセスできるようにする
【WHY】情報の格差は民主主義を危うくするものであり、根絶しなければならない
【HOW】世界中から最高度の頭脳をもつユニークなタレントを集め、コンピューターとWEBの力を最大限に活用する

 なんとも壮大な「WHAT」です。また「WHY」も極めてアメリカ的な「絶対善」の概念に根ざしていてわかりやすく、「HOW」も具体的です。

 グーグルのマーケティングや採用活動は極めてユニークなことで知られていますが、このシンプルな「WHAT」「WHY」「HOW」と個別の企業活動がちゃんとアラインできているという点からも、このビジョンが極めて組織成員に共感され、浸透していることがうかがわれます。

(注)
*5 いわゆる「ムーンスピーチ」と言われるもの。現在でもYouTube でスピーチの動画を確認することができる。https://er.jsc.nasa.gov/seh/ricetalk.htm