ときには「孤立」を恐れず主張する

――中学生のときから訓練すれば、対話のできる大人になってくれそうですね。

工藤 はい。それが、麹町中学校の教育目標だと本気で思っています。ただ、それと反対のことを言うようですが、僕は生徒たちにスティーブ・ジョブズの話をすることがあるんです。

――スティーブ・ジョブズ? 意外ですね。

工藤 ええ。スティーブ・ジョブズって嫌われ者だったって知ってるか?って。彼はすごい嫌われ者だった。いつも周りと衝突して、自分の意見が正しいと言って決して曲げない。人に対する要求も高い。周りはみんなほとほと嫌になってしまう。伝記を読むと、そのようなエピソードがたくさん書いてありますよね?

 いわば、対話がものすごく下手な人だったわけです。だけど、彼はリーダーとして優れていました。どこが優れていたかというと、ユーザーに対する思いや仕事の目標が絶対にぶれなかったことです。これは、非常に大事なことだと思うんです。

 対話力とは、対立を避けて平穏にコミュニケーションをとることではありません。むしろ、対立を恐れて、本当は納得していないのに、適当なところで折り合いをつけるのは、本当の意味で対話力があるとは言えません。そんな対話をしていると、いずれ後悔することがあるでしょう。

 だから、3年生くらいになったら、生徒にはこんなふうに言うんです。「君たちはスティーブ・ジョブズのような戦い方はしないかもしれないけれど、たぶん今後の人生で、対話やディスカッションで誰かとぶつかると思う。そのときに大事なのは、目標に立ち返ること。目標に照らし合わせて譲るべきでないことは、安易に譲るようなことをしてはいけない」と。

「人は協力してくれない」と理解したときに、<br />リーダーシップは生まれる

――なるほど。ときには孤立を恐れず、主張することも対話の重要な要件ですよね。しかも、その主張が「上位目標」に資するものであれば、対立を恐れて発言しないことの損失は大きい。

工藤 そのとおりです。とはいえ、スティーブ・ジョブズのようになることをすすめるわけじゃありませんよ。あくまで、相手を尊重することを基本にしながら、対立をむやみに恐れてはいけないと言いたいんです。

 実際、スティーブ・ジョブスみたいに、絶対に譲らないという子もいます。そのような生徒には、それなりの指導が必要ですね。このあいだも、リーダーたちが会議室で話し合いをしているとき、ある生徒が校長室に内線をかけてきたんです。「校長先生、今みんなで話し合いしてるんですけど、AくんとBくんが言い合いになって収まりません。もう崩壊しそうです。助けてください」と。

――そんな電話が校長室にかかってくるんですね(笑)。

工藤 そうなんですよ(笑)。それで僕は、「何を言ってんだ。ダメに決まってんだろ。自分たちでやれよ」って言ったんですが、その子は、「もう解散しそうです」「ああ、みんな出て行っちゃいました〜」と実況中継するので、「じゃあいいよ、君だけ来なよ」と言ったら、結局全員がぞろぞろ校長室に入ってきた。そこで校長室にある10人くらい座れる大テーブルに座らせて事情を聞くと、やっぱり、二人が絶対に引かないことがトラブルの原因でした。

 だから、僕は対立してる二人に、「君たちはリーダーなんだから、もうちょっと負けるってことを考えろ」と諭しました。「目標に照らし合わせて手段が合っていたら、どっちの意見を採用するかは大した問題じゃないじゃないか。なんでここをごり押しするんだよ」と。

 そして、「みんなが困っているんだから、二人だけで、目標に戻って徹底して話し合え」と言いました。「いつでも、校長室を使って議論すればいいよ」と。すると、全員が校長室にやってきて会議するようになりました。

 そんなときに、僕はデスクで自分の仕事をしながら、ときどき「それ違うんじゃないかな?」なんて言います。ある生徒の主張の根拠が薄弱だったり、事実誤認だったりしたときや、論点が上位目標からズレたときに口を挟むことが多いですね。すると、生徒たちは「どうすればいい?」などと聞いてくるので、そのときは、ちょっとしたヒントを与えます。あまり教員が口を挟むのはよくないと思いますが、生徒に求められたときにはヒントを与えるのも教員の仕事だと思うからです。

――そんななかで、ジョブズみたいな強情な生徒も変化していく?

工藤 そうですね。上位目標と照らし合わせて、どっちの結論でも大差ないときには、ある件については譲るかわりに、別の件では押し通すといった「駆け引き」もできるようになります。ひらたくいえば、大人になるわけです。

 ただし、上位目標のためには譲るべきではないと判断したときには、対立を恐れずに主張をする気持ちは忘れないでほしいと思っています。そのバランスを身につけてもらいたいと思って指導しているつもりです。