“公立中学校”でこんなことができるのか……。「定期テスト廃止」「宿題廃止」「クラス担任制廃止」など、数々の大胆な改革で全国から注目を集める、千代田区立麹町中学校。生徒、教員、そして保護者までもが主体性を発揮し、生き生きとした教育活動が展開されている。その改革の中心となり、著書『学校の「当たり前」をやめた。』(時事通信社)がベストセラーとなった工藤勇一校長に、「改革の狙いは何か?」「なぜ、改革を実行できるのか?」などをテーマに語っていただいた。その言葉は、組織活性化、組織改革に悩むビジネスパーソンにも多くの示唆を与えるはずだ。(構成:小嶋優子)

画期的な公立中学校改革を進める、千代田区立麹町中学校の工藤勇一校長。

「宿題」は子どもたちの学力向上につながっているか?

――「定期テスト廃止」「宿題廃止」「クラス担任制廃止」など、麹町中学校の数々の大胆な改革が注目を集めています。ご著書である『学校の「当たり前」をやめた。』(時事通信社)を拝読して、それら改革が深い考えに貫かれていることを知り、今現在、子どもを公立中学に通わせる親である私も、目が開かれる思いがしました。これまで、「公立中学はこんなものだろう」と半ばあきらめているようなところがありましたが、それは単に私が思考停止状態に陥っていただけなのかもしれないと思います。

工藤勇一校長(以下、工藤) いえ、私たち教員も含めて、社会全体が「自分で考える習慣」を失っているのではないかと思います。
 宿題を例にとって考えてみましょう。学校が宿題を出すのが当たり前だと、ほとんどの人が疑いもしませんでした。全国津々浦々、どの学校でも宿題が出されています。そして、その目的を問われると、多くの学校関係者や保護者は、「子どもの学力を高めること」「学習習慣をつけること」と答えるでしょう。

 だけど、本当にその目的は達成されているでしょうか? 僕は非常に疑わしいと思います。改めて、自宅で宿題に取り組む子どもたちの実態を思い浮かべてみれば、本来の目的から大きくはずれてしまっていることがわかると思います。

 まず、「子どもの学力を高めること」という目的はどうか? たとえば、数学の計算問題の宿題が20問出されたとします。だけど、その問題を理解している生徒にとっては、宿題は無駄な作業にすぎません。一方で、ちゃんと理解できていない生徒にとっては、解ける問題だけを解いて、解けない問題はそのままにして、翌日提出することが多いわけです。それでは、学力向上には結びつかないですよね?

――そうですね。

 学習とは「わからないこと」が「わかる」ようになることです。そのためには、一人ひとりの生徒が「何がわかって、何がわかっていないか」を認識して、「わからないことを聞いたり、調べたりする」ことが必要です。ところが、全員に一律の宿題を課してしまうと、そのようなプロセスが生まれにくいんです。

 それどころか、宿題が単なる「作業」になってしまっているケースが多いのではないでしょうか? 小学生のころ、漢字一文字につき20回書いてくるといった宿題を出されて、「作業」を早く終わらせるために、「へん」だけを先に20個書き、その後に「つくり」を20個埋めていった人もいるでしょう。「作業」を淡々とこなすだけですから、ほぼ思考停止状態。「やらされ感」でいっぱいで、早く終わればいいなと思っているだけです。

――たしかに。主体性がなければ学習ではありませんよね。

工藤 そうなんです。だとすれば、宿題は「学習習慣をつける」という目的も果たしていないことになります。保護者からすれば、子どもが宿題をするために机に向かっていれば、「学習習慣」が身についているように見えるかもしれませんが、実際には、いやいや「作業」をやっているだけかもしれません。それは、「学習習慣」とは言いません。

 むしろ、生徒たちがかわいそうです。私が麹町中学校の校長に赴任した当時、宿題のあまりの多さに驚きました。生徒たちは宿題をこなすことに汲々としていて、かわいそうなほどでした。かねてから宿題の存在意義に疑問を持っていたので、赴任2年目に、まず、夏休みの宿題をゼロにし、その後、段階的に宿題をなくしていって、4年目を迎えるころに「全廃」に踏み切ったんです。