生徒に「権限」と「責任」を与える

――なるほど。「心はひとつにならない」「協力してくれなくて当たり前」ということを前提に、「ではどうするか?」を考えさせることでリーダーシップが育つわけですね?

工藤 そうです。要するに、教員に対する指導と同じなんです。まず教員サイドから生徒集会のリーダーたちに上位目標を示して、彼らに権限と責任を与える。そして、「目標を達成するための手段」を生徒どうしの対話によって決めてもらうのです。

 体育祭や文化祭もそうです。麹町中学校では、体育祭も文化祭も権限をすべて生徒に委譲しましたが、上位目標は生徒たちとしっかりと握ります。たとえば、体育祭の上位目標は「生徒全員を楽しませる」にしました。親も教員も何も気にするな、とにかく生徒全員を楽しませろ、と。これはリーダーたちの目標でもあるし、生徒全員の目標でもあります。

 ところが、生徒全員を楽しませる、という目標を立てると、子どもたちは課題にぶつかります。「全員」だから、運動が得意な子も苦手な子も楽しめなくてはいけない。運動が得意な子は競争したがるし、苦手な子は競争は嫌だと言う。それをどうすれば全員が楽しめるものになるのか?

――なかなか悩ましい問題ですね……。

工藤 そうでしょう? この課題を解決しようとすると、競技やプログラムはもちろん、運営の仕方やチーム分けまで変わります。リーダーたちは、かなり悩んでいましたが、だからこそ、画期的なアイデアが生まれました。生徒たちの発案で「学級対抗」をやめることにしたのです。

 どうしたかというと、アンケートをとって、運動が好きな子、苦手な子の集団を作り、これをそれぞれ半分に分けてマッチングし、2チームの東西対抗にしたのです。さらに、苦手な子たちのための種目も新たに考えてプログラムに組み込みました。

 僕は、生徒たちがこれを考え出してくれたことが本当に嬉しかった。というのは、僕自身が「学級対抗」をやめたいとずっと考えていたからです。なぜなら、学校経営の観点から言って、「学級対抗」は絶対に失敗する構造だからです。優勝できるのは各学年1クラスだけで、それ以外のクラスは必ず「負ける」からです。ビリになったクラスなんて、自信を失うし、雰囲気も悪くなる。目も当てられないですよ。大半の生徒たちが成功体験が得られないというのは、教育方法として最悪と言ってもいい。

――たしかにそうですね……。

工藤 これと同じ理由で、合唱コンクールもやめました。合唱もクラス対抗の競争ですから。学校は競争が大好きなんです(笑)。長い伝統のある、とてもレベルの高い合唱コンクールでしたが、生徒たちがディスカッションした結果やめてくれた。

 その代わりに始めたのが文化祭です。文化祭の上位目標は運動会と違って「来てくれたお客さんを全員で楽しませること」。芸能は勝ち負けではない。見てくれる人が心揺り動かされて感動させることだ、と。それをミッションとしました。

――そういえば、ご著書である『学校の「当たり前」をやめた。』の中にも出てきますが、運動会では、生徒たちは、「全員リレー」をどうするかというときに、1割の「やりたくない」という意見に注目したそうですね。9割が賛成していることでも、それでよしとしなかった。

工藤 生徒たちは、1割の反対意見に着目し、理由を検証し、上位目標に立ち戻って何度も何度もディスカッションして、「全員リレーはやらないほうが全員が楽しめるものになる」という結論を導き出しました。これは教員にとっても保護者にとっても衝撃でした。子どもたちが民主主義をやったということですね。

「対話力」は訓練で身につく

――「心はひとつにならない」ことを前提に、そのような建設的な対話をする力が生徒さんたちに備わってきているのは、素晴らしいことだと思います。ところで、そのような対話をするためには、自分の意見を上手に伝えるコミュニケーション力が欠かせません。それを身につけるための指導もされているのですか?

工藤 技術的なことは特別教えてはいませんが、生徒たちはプレゼンがとてもうまいですよ。私が伝えていることはシンプルで、「言葉は人に伝わってはじめて価値がある」「人の心が揺れ動いて初めて伝わったことになる」ということだけです。

 たまに生徒が僕に、プレゼンの技術を教えてくださいと言ってきますが、「いや、僕のやり方はあくまで僕のやり方だから、君が発明しちゃえよ」と言ってます。「基本は人に伝わるか伝わらないかだから、それだけ考えてやってごらん」と。そうすると子どもは自分で工夫することで上達していきます。

――安直にスキルを教えるのではなく、自分で工夫してもらうわけですね。

工藤 そういうことですね。もちろん、ほかの人のやり方を参考にするのは重要なことですが、教えられたやり方をなぞるだけでは、本当の意味では上達しません。失敗から学びながら、自分で工夫し続けることこそが重要だと思います。

――それは対話の技術もそうでしょうか? 大人でも対話をするのは非常に難しいですが……。

工藤 そうですね。対話をするうえでは、「心はひとつにならない」ことをお互いに認識したうえで、相手を否定するのではなく、相手の意見も尊重することが大切です。対話を通して何かを決定するという場合、一人ひとりが意見を吐き出して、いったん話を拡散させたうえで、議論を収束させるという作業が必要ですが、みんな自分の意見やアイデアを出して恥をかくんじゃないかと臆病になってしまうと、話が全然拡散しません。これでは、対話が始まらないわけです。

 そのようなことを避けるためには、相手の意見やアイデアを尊重することが不可欠です。どんなアイデアを口にしても恥をかくことはない、と思えたときにはじめて、みんなが心に秘めているアイデアが表に出る。これが対話のスタートなんです。

 そのうえで、共有している「上位目標」を実現するために、相手とともによりよい結論を創造する姿勢を徹底すれば、必ず対話は成立します。この原点を忘れずに、対話の経験を積めば、誰でも対話に上達していきます。つまり、訓練で身につけることができる力だと思うんです。