8月に入り、ようやく夏らしくなってきた。家族連れで海に遊びに行く人も多いだろう。かつては夏休みに家族で海水浴に行けば、安全対策や注意点について、父親から学んだものである。そのいくつかを紹介する。(ジャーナリスト 木原洋美)
子どもだけの海遊び
幼い兄弟は海底に沈んだ
その日、トモキさん(仮名・当時8歳)は弟(当時5歳)と一緒に海水浴場にいた。平日で人影はまばら。大人の姿はない。「子どもだけで海で遊んではいけない」と学校でも家でも言い聞かせられていたが、そんなことを守る子どもなんかいなかった。
波は沖合から海面を盛り上げるようにしてやってくる。さーっと波が引いて水深が浅くなり、つづいて一気に深くなる。水深が胸のあたりまできたところで海底を蹴って浮き上がり、波の山をやり過ごすと、数メートル浜寄りで波はくだけ、派手な音を立てるのだった。
海面の高さがピークに達したときの浮遊感が面白く、兄弟は飽きることなく海に身を任せた。
ふいに、それまでにないほど波が引いた。沖を見ると海面が倍ぐらいの高さに盛り上がって見える。土用波だ。浜に上がる余裕はないと判断したトモキさんは、弟を抱きかかえるようにして、沖に向かった。波がくだけるところにいたら巻き込まれ、もみくちゃにされたまま100mぐらいは沖に運ばれてしまうかもしれない。泳ぎが得意なトモキさんは無事でいられるだろう。しかし、弟は危ない。
ギリギリ間に合い、水深が一気に増す、「浮かぶぞ」弟に声をかけたときだった。
「兄ちゃん怖いよ」
怯えた弟がギューッとしがみついてきた。普段の弟からは想像できないほどの強烈な力で締め付けられ、両手の動きを封じられる。パニックに陥った人間の体は石のように重く、2人は水の底に沈んだ。