根本に向き合うほど
破壊的なバイアスブレークができる

 ここから先は強制発想が必要だ。「ありえない」と思考停止せず、強制的にアイデアを生み出すフェーズである。

 たとえば解決策Aで、総工費の高騰と良好な国民感情は本当に両立しないだろうか。仮に政府が国民に対して「総工費2520億円を1円でもオーバーしたら、国民一人ひとりに1億円を支払う」などと喧伝したらどうだろう。おそらく多くの国民が固唾を呑んで建築過程を見守りながら、総工費が少しでも高くなるよう望むだろう。建築コストが上がるほど国民が喜ぶという、文字通りのバイアスブレーク・モデルである。実現可能性は別の段階で吟味すればよいので、強制発想する際はこのぐらい極端で非現実的だと思えるアイデアでも、とにかく「発想する」ことが重要だ。

 続いて、解決策Bを考えてみよう。ここで向き合うべき問いは「コンペ選定時の1300億円で、いかにザハ氏らしいデザインを100%実現するか」である。要するに「費用」と「建築物」の問題だが、「いかにコストを下げるか」という問いに終始すると、元のデザインを縮小する発想にしかならない。

 この種の強制発想をする場合、大事なのは「本質的なバイアスを壊す」アプローチである。些末な枝葉のバイアスを破壊しても、イノベーティブな変革は起こせず、見方によっては改善案でしかない。より大きな、根本的なSHIFTが求められるケースでは、扱っているテーマそのものの定義から見直してみる。今回のケースで言えば、「建築とは何か」あるいは「オリンピックとは何か」といった本質から考える

「新国立競技場」建設案をお題として考える:問題の本質から「強制発想」するイノベーション発想のアプローチ図表3「建設の本質から強制発想する」
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 たとえば建築の本質は何かといえば、その要素は「建築物」と「場所」に分解できる。図表3で表した通り、左上はザハ案による新国立競技場の建築物となり、対角の右下がザハ氏の作品を除くその他すべての建築物である。ここで議論が紛糾すると、場所と建築物が強くひも付いていること、さらに「場所を見てから、場所に合わせて建築物を設計する」というバイアスが作用して、「いまの場所で、建築物を変更する」という妥協の圧力を生み出す。仮に建築物のあり方だけから発想していたら、先ほどと同じく「開閉式の屋根をやめよう」「もう少しサイズを小さくしよう」という縮小均衡の考え方に引っ張られる。しかし、「建築」の根本的な定義に立ち戻れば、「場所をもっと自由に発想してみる」というアプローチが残っていることに気づく。

 場所の可能性について考え始めた時、真っ先に思い浮かんだのは「アフリカのど真ん中につくったらどうか」というアイデアだった。アフリカなら、当初通り1300億円で、ザハらしさ100%のデザインで建設することも可能かもしれない。非現実的なアイデアだが、強制発想だからこそ生まれたバイアスブレーク・モデルである。

 というのも、新国立競技場をつくるには材料費以上に管理費がかかるはずだ。この予測について、大手ゼネコンの担当者に聞いてみたところ肯定していた。新国立競技場の建設というのは単に建物というより、むしろレインボーブリッジのような巨大な橋をつくるプロジェクトに似ているという。それを都会の真ん中につくる場合は、現地の作業や輸送に多くの制約が発生し、道路封鎖や安全管理の増加や、それに伴う輸送費や人件費の上昇、工期の長期化などさまざまな管理コストが膨らんでいく。その点、アフリカのサバンナであれば土地も広く人件費も安く、建築上の制限は限りなく減って管理コストは激減する。アフリカに会場があったら「東京」オリンピックとはいえないという根本的問題はあるが、それ以外は万事うまくいくのである。

ストラクチャード・ケイオスの
思考モードを維持する

 こうした柔軟な発想をする際に大事なのが「ストラクチャード・ケイオス」(構造化された混沌)と呼ぶ思考バランスである。イノベーティブなSHIFTを実現するには、常にストラクチャー(構造)とケイオス(混沌)の発想が50:50でなければならない。いま、自分の思考が突飛なアイデアをひねり出したと思ったら、次はそのアイデアを起点としてロジックを組み立てる。逆に、ロジックな発想から、極端なアイデアを想起してみる。私は自身の頭の中を常にモニタリングして、「ストラクチャード・ケイオス」の状態で思考するようにしている。

 強制発想によって自由にアイデアを生み出すのは重要である。しかし、ケイオスのままでは、その発想がいかにイノベーティブであっても実現しない。「新国立競技場をアフリカに建設しよう」というアイデアを思い付いたら、その着眼点をフックとして次はロジカルに突き詰めていく

 私が「アフリカ」という一見突飛な発想から得たのは「アフリカのように、東京都内でも管理コストを低減できる場所を探せばよい」という視点である。たとえば「海沿い」であれば巨大な資材であっても海側から運び入れられるため、部材を解体して小型化したり交通整理する必要がなくなる。輸送や組み立てのコストもかなり削減できるし、工期も縮小できるはずだ。その恩恵は施工中のみならず、施工後のメンテナンスにも効いてくるだろう。

 この段階で、東京オリンピックに関する情報をインターネットで検索してみた。すると、選手村をお台場につくることがわかった。選手はシャトルバスで各競技場まで移動し、競技が終わったら再びお台場に戻ってくるという。

 その情報に触れた瞬間、次のアイデアがすぐに浮かんだ。

 「スワップすればいい」──

「新国立競技場」建設案をお題として考える:問題の本質から「強制発想」するイノベーション発想のアプローチ図表4「競技場と選手村の場所をスワップする」
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 神宮外苑に建設予定の競技場をお台場につくり、お台場に予定している選手村を神宮外苑に持ってくればいいではないか(図表4参照)。

 イノベーティブで適切なSHIFTとは、時に難解なパズルのように、重要なピースが一つ埋まると次々と別のピースも埋まっていくことがある。「お台場と神宮外苑をスワップする」アイデアもその例に当てはまる。

 まず、大きなパーツを海から運び入れる方法は、現地での組立作業を減らし、結果として工期の短縮にもつながるのは、説明してきた通りである。これで、ラグビーW杯の開催も現実味を帯びてくる。さらに建築後のメンテナンスコストも大幅に下がるはずだ。また、「ヘルメット状の巨大建造物は景観的に問題がある」というデザイン上の問題も、お台場に場所を移せばクリアされる。むしろ近未来的なザハ氏のデザインこそ街の景観にフィットする。

 しかも、選手たちも選手村が神宮外苑にあれば、六本木や渋谷、新宿などに繰り出しやすくなる。過去のオリンピックを見ても、競技を終えた選手たちは街を観光して羽を伸ばしているが、お台場から都心に行き来するのは地図で見る以上に電車でも車でも不便である。

 続いて、オリンピック後のことも考えてみよう。

 神宮外苑の選手村をマンションやホテルに転換すれば、閉幕後も確実な収益を上げられる。お台場に比べて高いマンション価格が見込めるうえ、ホテル経営にも立地のよさから運営者選定や料金設定で有利だろう。言うまでもなく、大都会にマンションやホテルを建設するノウハウを、日本は十分に持っている。オリンピック後の活用を考えれば、そこに十分なコストを投入しても、回収できる目処は十分に立つ。