優れたアイデアは自然と
B・T・Cを網羅している

 ここで視点を切り替え、(1)ビジネスモデル(B)、(2)テクノロジー(T)、(3)コンシューマーエクスペリエンス(C)というSHIFTを起こすべき3領域の側面からこの「神宮外苑・お台場スワップ案」を検証してみよう。社会にインパクトを与えるために、この3領域すべてでSHIFTを起こすことを考える。

(1)ビジネスモデル(B)
 繰り返しになるが、神宮外苑に本格的なマンションやホテルを建設することで閉幕後の収益性が飛躍的に向上することは間違いない。同時に、競技場もお台場という立地を活かし海辺に一大レジャータウンをつくり出せるだろう。ザハ氏のデザインを縮小する前提で、いかに稼働させてフローの収益を高められるか、という狭い視点で考えるより、はるかに大きなビジネスチャンスが広がっている。

(2)テクノロジー(T)
 これも前述の通り、競技場の建築プロセスが一変し、工期を短縮できる。

(3)コンシューマーエクスペリエンス(C)
 神宮外苑に選手村が移ることで、選手たちの体験的価値は高まる。オリンピック後のマンションやホテルも神宮外苑にあったほうが、利用者の満足度は決定的に高まる。

 「神宮外苑・お台場スワップ案」は最初からB・T・CというSHIFT領域を意識してデザインしたものではない。だが、優れたアイデアが結果として3つの領域をカバーしているケースは多い。本質的なバイアスを破壊している場合には、よく見られる現象だ。

 もちろん、これとは逆に、「B・T・C」というSHIFT領域から発想していくアプローチもある。新国立競技場の建設というテーマにおいて、「いかにしてビジネスモデルのSHIFTを実現するか」「どのようなテクノロジーを使って建設するか」「コンシューマーエクスペリエンスをどうするか」など、領域ごとにバイアスを構造化し、パターンを破壊し、強制発想するというアプローチである。結果として、同じ解にたどり着くかもしれないし、まったく違う解が導かれるかもしれない。

 また、その時々に与えられた資源によっても、取りうるアプローチは異なり、導き出されるSHIFTは変わってくる

 たとえば今回、私は20分内にいま紹介してきたプロセスで「新国立競技場の問題」についてSHIFTの1モデルをデザインした。もしこれが24時間あれば、また違ったアプローチをしただろうし、1週間あればさらに思考プロセスは変わる。与えられた時間内で自分の思考をどのように配分すれば、最も効率的に条件を満たした解を生み出せるか。その最適配分を考えた時に、今回は「建築とは何か」という本質に向き合うアプローチを選択した。

 新国立競技場の問題が、多くの関係者や識者が長時間かけても解きほぐせないほど入り組み、根が深いと想像できたからこそ、単純化して本質に立ち返るのである。背景には、B・T・Cそれぞれの領域でていねいにバイアスを可視化してそのパターンを破壊し、強制発想している時間的猶予はなく、国民感情を反転させるアイデアを時間内にひねり出すのは難しい、という判断もあった。

 また、今回の思考実験はチームでなく私一人で取り組んだため、最も限られた資源は「時間」だった。時間のみならず、ビジネスの資源は「人材」であれ「費用」であれ有限だ。それらの制約内でベストな資源配分を行い、適切なSHIFTを実現することを常に意識しなければならない。資源が限定されるとSHIFTも小さくなると言いたいのではない。SHIFTの可能性は無限にあり、そのつど制限内でベストの解を生み出すことにビジネスの醍醐味がある。

 言うまでもなく、今回提示した「神宮外苑・お台場スワップ案」が唯一の正解ではない。実際のケースであれば、これが一つの解として成立するのか、さまざまな検証も必要である。土地の強度や構造などに問題はないか、競技場と選手村の面積が十分か、など詳細を検討しなければならない。

 ただし、私たちが向き合っているのはサイエンスではなく、ビジネスである。冒頭にも述べた通り、唯一無二の正解はもとより存在しない。一つのアイデアが実現不可能でも、別のバイアスを構造化してパターンを破壊し、強制発想することで、また新しい解が見えてくる。逆に、バイアスを破壊することから始めない限り、画期的な問題解決につながるSHIFTには永遠にたどり着けないのである。