「社畜」は戦時中から
続く「不治の病」である

 では、「社畜の参勤交代」のような事態を未然に防ぐためにはどうすればいいか。

 よく言われるのは、リモートワークや在宅勤務をもっと普及せよという意見だ。会社側も、このような状況での出勤をどうするかというガイドラインを定めて、緊急性のない人は自宅待機をするように呼びかければ、「出社している人もいるみたいだから、とりあえず会社に向かっておけば安心か」みたいな事態を回避できるというわけだ。中には、鉄道会社側の責任も大きいとして、各駅の混雑状況をリアルタイムで発信して、自宅を出る前に休む、休まないという判断ができるようにすべきだという人もいる。

 ただ、個人的にはどれも必要な取り組みだと感じる一方で、どれもあまり効果がないのではないかと感じる。

「緊急事態だから、本当に会社に行かなくちゃいけない人だけ電車に乗ってください」と、国や鉄道会社がどんなに呼びかけても、組織で頑張るサラリーマンたちは聞く耳を持たず、駅に殺到するという光景が、日本では何十年も繰り返されてきた。要するに、決して治らない「病」のようなものだからだ。

 わかりやすいのが、太平洋戦争末期である。当時、東京や名古屋など大都市圏の空にB-29が飛来して爆弾をどんどん落とすという緊急事態で、鉄道は兵士や工場で生産に携わる人々を運ぶのにいつも混み合っていたが、それに拍車をかけたのが、空襲が止んだ後に出勤するサラリーマンたちだったのだ。

 もちろん、今回の「社畜の参勤交代」と同様に、「そこまでして会社に行かなきゃダメなの?」と疑問に思う人も大勢いた。東京で大空襲があった数日後、「朝日新聞」の「無駄な通勤」というそのものズバリの投書から、そのような人々のイラつきぶりがうかがえる。

「官吏にしても会社員にしても只周囲に対する面子だけで勤務先に辿りついてはいないか。(中略)何ら実質的な仕事はやらないで匆々に引き揚げる。此の上なく非生産的である。だから大空襲の翌日、交通混乱の場合は生産関係者のみの乗車に局限し、さうでない勤人の通勤はやめさせて、地域別に勤労奉仕に動員しては如何。」(朝日新聞1945年4月19日)

 つまり、今回の「社畜の参勤交代」は、爆弾が雨あられという緊急事態の中でも電車が動けば会社へ向かっていた時代のメンタリティを、令和のサラリーマンもまだゴリゴリに引きずっているということを、これ以上ないほど雄弁に物語っているのだ。