スポーツ界をビジネスの視点から見る「スポーツと経営学」。第4回は、サッカーとアメリカンフットボールで実際にあったイノベーションを題材に、イノベーションの要件について考える。

イノベーションで勝つ

 今回取り上げるのは、スポーツ界における著名なイノベーション――サッカーのプレッシングディフェンスと、アメリカンフットボール(以下、アメフット)のニッケル・アンド・ダイムオフェンス(以下、N&Dオフェンス)だ。それぞれ「先祖」があるのだが、本稿では、それぞれアリゴ・サッキとビル・ウォルシュをメインの主人公とし、論を進める。

 今回、この2つのスポーツを取り上げたのは、「30年~35年前からタイムマシンに乗って現代に来たら、ずいぶん違うスポーツに見えるのではないか」と感じたからである。そして、その変化を大きく促したのが、上記2つのイノベーションである。

 これが野球であれば、1980年ごろから現代に来たとしても、そんなに劇的にゲームが変わったようには見えないだろう。実際には、新しい変化球(スプリッターやカッターなど)が増えたり、投手の分業制がより進んだり、様々な変化はあるのだが、ゲームそのものが革新的変化を遂げたようには見えないはずだ。相変わらず盗塁や送りバントはあるし、なにより、野手の守る位置は基本的に変わっていない。逆に言えば、サッカーやアメフットとは異なって、野手のポジションや彼らの基本的な動きが100年以上前からほぼ変わらないことが、野球を昔ながらに見せている原因かもしれない。

 それに対して、サッカーやアメフットは、もともとポジションの置き方や各ポジションの選手の動き方の自由度の高いスポーツである。そうした自由度ゆえに、戦術のイノベーションの起こる素地が大きかったと言えよう。

 では、以降、2人の起こしたイノベーションについて見ていこう。

ACミランのプレッシングディフェンス

 まずは、サッキが1980年代後半のACミランで起こした「プレッシングディフェンス」というイノベーションについて見ていこう。

 それまでのサッカーは、もちろん戦術の重要性は認識されていたが、それ以上に個々人の技量や数人のプレイメーカーの阿吽の呼吸が大きな意味を持ち、また見せどころであった。特に「10番」と呼ばれるプレイメーカーの位置付けは大きく、ジーコやマラドーナ、プラティニといったスーパースターを輩出してきた。

 こうしたサッカーに革新を起こしたのがサッキである。サッキはプロ選手としての経験がないという、サッカー界ではやや変わった経歴の持ち主だ。セリエCやセリエBといった下部リーグで指導者として目覚ましい実績を残し、ついにセリエAのビッグクラブであるACミランのシルヴィオ・ベルルスコーニ会長(後にイタリア首相に相当する閣僚評議会議長も務める)の目にとまり、監督の座を射止める。