改革の春の訪れで、文化砂漠の中国へ真っ先に大きく、華やかに外国文化交流の花を咲かせたのは、他ならぬ日本の映画であった。中国の国民は、そこから時代変化の息吹きを敏感に読み取ったからだ。

 特に文革時代が終了して間もなかった時期だったこともあり、『君よ憤怒の河を渉れ』で中野さんが演じる「真由美」という可憐で正義感に燃える裕福な家の少女が、高倉健さんが演じる冤罪を蒙った主人公を助けるために身を挺し、そして追われる身となった主人公に自分の愛を捧げたという物語が、政治的迫害が横行していた文革時代のことを中国人観衆に想起させ、心のひだに触れた。

 さらに、真由美という人名が中国語の「真優美」(まこと、優れたこと、美しいことを合わせた言葉)の発音と同じで覚えやすかったこともあり、この映画は当時、半分以上の中国人が観たといっても過言ではない人気を博したと思う。

『望郷』『追捕』以外に、栗原小巻がヒロインの『愛と死』、山崎豊子、森村誠一の同名小説を映画化した『華麗なる一族』『人間の証明』、山口百恵が主演のテレビ・ドラマ『赤い疑惑』……どれも億人単位の観衆・視聴者を虜にし、人気を呼んだ。

 芹洋子が熱唱した『四季の歌』も中国で広く知られた。1980年代は、日本のソフトパワーの全盛時代と評価してもおかしくない時代だった。

日本の映画に憧れた若者が
日中友好の架け橋となった

 この日本映画ブームは、その後も色々な分野にその影響を及ぼした。1978年頃に10代の少年少女だった人たちは、10年後の1988年頃、中国人就学生や留学生として、この豊かで近代的な日本へ期待に胸を膨らませて押しかけてきたのである。それが1980年代に中国に沸き立った出国ブームを形成する、重要な要素の一部となっていた。

 こうして海外に渡った中国人が、やがて私がネーミングした「新華僑」となり、今や中国と海外の国々の交流の橋渡し役を演じるようになった。

 ところで、1970年後半、中国で見られた外国映画(またはテレビの連続ドラマ)の魅力と威力は、最近一部の国々でも見られた。ただ、その主役は日本の映像作品から中国の映像作品へと変わった。