そのため、「読む」と「聞く」だけをテストする現行の試験に問題があり、それを改革するために「読む」と「聞く」に加えて「書く」と「話す」までの4つの評価ポイントで受験生を評価するシステムにすべきだというのが、今回の英語試験改革の根底にある思想です。入試がそうなれば、学校の授業でもその分野の学習が強化されるというわけです。

 そこで出て来るのが、「それで日本人の英語力がグローバル水準まで向上するのか」という議論です。

 この議論をわかりやすくするために、昭和の時代の試験制度にまで立ち戻って検討してみたいと思います。私が受検した当時の英語の試験は、基本的に「読む」力だけを課題にしていました。

一流大学を卒業した学生でも
「聞く」「話す」ことができない

 その結果、一流大学を卒業した学生でも、読むことはなんとかできるけれど、聞くことや話すことが全然できないという状態で社会に出ます。私も外資系企業に入って苦労しましたが、そのような状態だと、「アメリカ人が話している内容がわからない」というレベルから奮闘が始まります。努力して徐々にヒアリング力が身に付き、彼らが話している内容がおおむねわかるようになっても、今度は言い返す英語力がないことで苦労します。

「あー、うー」みたいに唸ってから、単語をいくつか搾り出して、こちらの意見を伝えようとするのですが、英語圏で優秀なビジネスマンである相手からみたら、日本人コンサルタントに対して「こいつはひょっとして無能なんじゃないか?」と疑問を感じてしまうわけです。

 一方、発展途上国の東南アジアの国々では、それほど時間をかけて教育していないにもかかわらず、街で出会う人々は普通に英語が通じます。マーケットで値段の交渉をしようとしたら、現地の人でも「いかにこの商品がいいか」を主張しながら交渉してきます。道を尋ねたり簡単なガイドをお願いしたりしても、プロではない普通の市民が英語で私たちとやりとりをしてくれます。外国人が話しかけてくると、赤面して後ずさりする日本人とは大違いです。