「エビデンスがない」を
鵜呑みにしてはいけない

 ゲノム(全遺伝情報)を解析し、がんの治療に生かす「がんゲノム医療」の世界的権威として知られる中村氏は、9月に上梓した「がん消滅」(講談社α新書)のなかで、《「エビデンスがない」を鵜呑みにするな》という一節で、以下のように述べている。

《今や白血病治療に欠かせない骨髄移植も、心臓移植も、肝臓移植も、そして、がん分野で重要な分子標的治療も、ヒトを対象として検証する前にはヒトに有効であると判断し得る統計学的なエビデンスはありませんでした。しかし、ヒトに対して検証されるすべての治療法には、ヒトに対して検証して十分な科学的根拠(これもエビデンス)があるのです。基礎研究から動物実験に至る科学的エビデンスの積み重ねがあってはじめて、ヒトへの応用が始まります。したがって、「ヒトでのエビデンスがない」ことと「ヒトでは意味がなかった」は同じではありません》(P106)

 つまり、「統計学的エビデンス」がなくとも「科学的エビデンス」はある、という段階も存在するのだ。しかし日本のがん治療の現場では、もっぱら「統計学的エビデンス」のみが「エビデンス」であるとされがちである。

 昨年7月の「世界が注目する最先端がん医療が日本では『怪しい治療』扱いの理由」の中でも詳しく紹介したが、中村氏が日本で実用化を目指している、「ネオアンチゲン療法」という新たな免疫療法や、血液1滴でがん早期発見ができる遺伝子解析「リキッドバイオプシー」は、海外で多くの研究実績がある。しかし、まだ何万人という患者に適応して、経過を観察するというような統計学的なデータはない。

 この「統計学的エビデンス」がないということだけで、日本の医師たちは、世界のがん医療現場で着々と研究が進む最新治療は「インチキ」だと石を投げているのだ。実際、「がん消滅」の中には、ネオアンチゲン療法を受けたいと考えたがん患者が、「手術時に摘出した組織が欲しい」と申し出たところ、医師から「何にするのか?」と詰問されて結局認められなかった、なんて耳を疑うような話も紹介されている。

 もちろん、このような話を聞いても、「いや、どんなに屁理屈をこねてもエビデンスがない治療は認めない」という人もいるだろうが、その膨大な統計データの体裁が整うまでに、一体どれだけの人が犠牲になればいいのかという問題がある。

 事実、筆者がインタビューして記事を書いた昨年7月にも、中村氏は「エビデンスがない」という日本の医療界の否定的な見方で、抗がん剤の効かない患者に最新治療を届けられないことに強い憤りを感じていたが、あれから1年以上が経過した現在も、状況はまったく変わっていない。

 それはつまり、できる限りのことをしたいという患者本人の意志よりも、海外で積み上げられている科学的根拠よりも、「統計」が優先されるという原理主義に他ならない。そんな日本のがん医療のエビデンス至上主義への中村氏の苛立ちは、「これでいいのか日本の医療」という氏のブログからも読み取れる。