AI通訳機「ポケトーク」は、特に英語に苦手意識のある日本人を第一のお客さまと考えていたところ、実は海外でもかなりの需要が見込めそうです。かつてのソニーの「ウォークマン」のように、「ポケトーク」も海外を席巻できるのか?! 海外展開への思いについて、「ポケトーク」を展開するソースネクストの松田憲幸社長に聞きました。

「ポケトーク」は、グローバルな市場でも大きなポテンシャルがある、と考えています。世界中の主要言語について翻訳できるのですから、世界中で需要があるはずです。

プロダクトだけが国境を越える!AI通訳機「ポケトーク」はソニーの「ウォークマン」のようにグローバル化できるか?米メイシーズでも活用されているAI通訳機「ポケトーク」(写真はイメージです)

 日本は特に英語が苦手な人が多いので、「ポケトーク」が売れると予想していましたが、実は日本以外でも好評を博しています。英語をメインで使う国ではそれほど需要がないと思っていたのですが、まずニューヨークのマンハッタンにある百貨店メイシーズで、最初に「ポケトーク」を売り始めました。

 メイシーズの中の「b8ta」というIoTデバイスを中心に扱うお店で販売するのと同時に、b8taの販売員も接客に「ポケトーク」を使っています。なぜならニューヨークのメイシーズには、さまざまな国から多くのお客さまがやってくるからです。b8taの販売員から直接聞いた話では、お客さまから最も多く受けるのは「トイレはどこですか?」という質問だそうです。ところが、その説明がかなり厄介なのです。
「エスカレーターを上がって、左に曲がって真っすぐ行って、突き当たりを右」などと辛うじて英語では言えるかもしれません。でも同じことをスペイン語や中国語、韓国語で説明できるかというと、ほとんどの人が白旗を上げるでしょう。

 ヨーロッパでも売れるという手ごたえを得ました。ドイツ・ベルリンで開催された国際コンシューマー・エレクトロニクス展示会「IFA 2018」で賞を頂き、そこで100社以上から「取り扱いたい」という引き合いがあったのです。また、アジアからも多くの引き合いをいただいています。
 需要がないところで、ゼロから需要そのものを掘り起こすと大きなコストがかかりますが、まずは需要のあるエリアを確認できました。

 とはいえ、私は冷静です。むしろ、北米を中心とした英語圏への展開は慎重に進めないといけないと思っています。たとえば「ポケトーク」は翻訳機ですが、アメリカ人は英語が世界標準だと思っているので、日本人ほど翻訳機を求めていないのです。だから、いきなりアメリカで100億円の売上を上げよう、などとは考えません。

 グローバル化については、先陣を切った企業で何が起きたのか精査し、冷静に見極める必要があります。とりわけIT企業に関しては、もしかするとアメリカで成功している日本の企業はほぼない、といっていいほど存在感がありません。

 なぜみんな失敗するのか。

 それは、アメリカでいきなり売ろうとするからだ、と私は思っています。アメリカで売ったことのない製品を、アメリカでプロモーションして売ろうとしたら、莫大なお金がかかります。それで何社も、撤退していきました。

 でも、それは当たり前だと思うのです、逆も真なりで、日本で成功しているアメリカ発企業はいくつもあるようですが、実はその多くが無残にも撤退しているからです。
 この日本というマーケットを攻略するには、外国人にとってハードルがいくつもあります。想像もできない日本の複雑な商習慣。通じない英語。日本ならではの特殊なニーズ……。いかに多くのアメリカの会社が無残な敗走を余儀なくされたか。

 私はそれを見てきたので、同じ手法でアメリカに出てはいけない、と肝に銘じています。シリコンバレーに移住後、アメリカという市場で売ることを最初の目標にするのではなく、まず、アメリカのコンテンツを日本で売る、というビジネスを強化することからスタートしました。
 そうすれば、赤字になりようがありません。コストがほとんどかからないからです。せいぜい私の活動費くらいで、マーケティングコストはほぼゼロです。そしてアメリカというITの最前線で情報を入手でき、コンテンツを手に入れられます。実際、大きなプラス効果が出ています。ITの世界は変化が激しいですが、この数年でソースネクストの主力ラインナップには、アメリカで契約した多くの製品が加わりました。

 日本を代表するIT企業がつぎつぎに海外で大きな損失を出している。だからこそ、きちんと成功できるよう、周到に準備したいのです。製品も、どのタイミングで、どのバージョンで、どういったジャンルで勝負するかを見極める。

 もちろんビジネスですから、どれだけ準備しても失敗することはあり得ます。でも、簡単に撤退し、やめてしまうようなことはしたくないのです。

慌てずにまずは日本を攻める

 ただ、その一方で、ある確信めいた感覚も持っています。それは、日本の企業もプロダクトなら成功しやすいのではないか、ということです。サービス系はやはり難しい。あのウォルマートですら、日本では苦しんでいます。サービス・流通系を異国で根付かせるのは、やはり容易ではありません。

 でも、ソニーやトヨタ自動車が成功したように、プロダクトだけは国境を超えられるのではないか、と思っているのです。プロダクト以外で成功する可能性もなくはないでしょうが、私はここでは定石を採りたい。プロダクトだけは、国境を超えられるわかりやすい方法なのではないでしょうか。
当社の社外取締役に元ソニー社長の安藤国威さんに入っていただいているのは、ソニーがなぜ成功したのか、あのソニーを世界的なブランドにした盛田昭夫さんはどんなふうに行動したのか、直接、聞いてみたいという思いをずっと持っていたからです。

 理想は、ウォークマンを出した時代のソニーです。日本企業で、最も世界に広まった最高のブランドです。世界に出ていく、というときに、私の中にはソニーのイメージがあります。あのときのソニーにできたのであれば、現在の日本企業にもできないわけはないのではないか、と考えています。
 ソニーは、さまざまなプロダクトを出していましたが、その象徴がウォークマンでした。そのウォークマンに匹敵する成果が、「ポケトーク」なら実現できるのではないか、と考えているのです。

 ただ、先にも書いたように、慌てていません。翻訳機の市場が最も大きいのは、日本だと私は思っています。
 そして外国人がどんどん日本にやってきていて、2020年には東京オリンピックもあります。面白いのは、今は外国人が日本に来て、なんと日本で「ポケトーク」を買っていることです。どうして日本ではこんなに英語が通じないのか、翻訳機がないとやっていけない、と家電量販店で買っていかれます。大阪のある量販店では、外国人による購入が半分を占めていると聞いています。
 日本人に加え、3000万人を超える外国人観光客が「ポケトーク」の潜在カスタマーだとしたら、これだけでもとんでもなく大きなマーケットです。そして、「ポケトーク」を買った観光客は、それを母国に持ち帰って、世界中に広めていってくれるでしょう。

 この「翻訳機」のマーケットを、私は大事に育てていきたいのです。久しぶりに、日本から世界に広がる製品が出た、と言ってくださる方も多くいらっしゃいます。「製品を通じて、喜びと感動を世界中の人々に、広げる」という当社のミッションに、まさしく合致した製品です。派生するビジネスも含めるとマーケットは非常に大きいと思います。

 ITやゲーム専用機の世界では、OSを手にした会社が世界を制覇しました。日本がITで出遅れたのは、マイクロソフトにOSを取られたからです。出てくる仕様書はすべて英語であるにもかかわらず、技術者で英語が理解できた人はごくわずかでした。それが出遅れにつながった一つの理由だと思います。
 逆に、ゲーム専用機は任天堂やソニーがOSを取りました。だから、今も強い。AI通訳機はOSに匹敵するものだと私はとらえています。ここから派生した製品がたくさん出てくるはずです。

 そして何よりAI通訳機は、日本を変える。言語の壁を取り払い、この国を大きく変える可能性を持っている。大事に育てていかなければいけない製品です。(つづく。詳しくは松田社長の著書『売れる力 日本一PCソフトを売り、大ヒット通訳機ポケトークを生んだ発想法』もご覧ください!)