エンジニア出身で営業経験もなかったソースネクストの松田憲幸社長が、起業ののちアメリカに移住し交渉の実戦を重ねるなかで身に着けた交渉術の肝とは? 松田さんの著書『売れる力 日本一PCソフトを売り、大ヒット通訳機ポケトークを生んだ発想法』よりご紹介します。
私は日本IBM在籍時にシステムエンジニアでしたから、見積書も請求書も出したことがなく、金額の交渉をしたことすらありませんでした。ですから、交渉はすべて、独立後の経験を通じて学んできました。特に、アメリカで交渉を繰り返していく中で、交渉術がどんどん磨かれていったと感じています。
交渉でまず大事なのは、相手のWin(メリット)を理解することでしょう。
「日本に進出したい」のか「ブランドを作りたい」のか、あるいは「とにかく売上が欲しい」「利益が欲しい」のか。相手にとってのWinや狙いをまず聞きます。それにどう合わせられるのか、を考える。
もちろん相手のWinだけに合わせていたら、自社が損するリスクにも見舞われますから、ここが交渉のポイントになります。
とにかくブランドを作りたい、ということであれば、北海道から沖縄まで量販店で並べてみませんか、と提案する。日本に合わせたパッケージにする。その代わり、ロイヤリティはこのくらい下げてもらいますけどいいですか、といった具合です。
しかし、相手のWinが理解できていなければ、こういう提案も行いようがありません。しかも、Winの要素は多岐にわたっていたりもするのです。
たとえば、サン・マイクロシステムズのCEOマクネリさんと交渉したときは、マイクロソフトが嫌いなんだろうなぁ、と想像をしていました。だから、マイクロソフトへの対抗策を提案できたら喜ばれると思ったのです。
一方で、金銭面の落としどころはなかなか難しいものです。1本当たりの価格なりロイヤリティなどを、相手のメリットに合わせる形で、条件交渉することが大事です。
個人的な印象としては、アメリカ人にはお金の話をしっかりしたほうがいいです。たとえば日本だと、いきなりこんな話をしたら品性を問われることもあるのですが、アメリカ人にはそれほどショッキングな言葉でもありません。
「お金を一緒にたくさん儲けましょう」
これに対して、絶対に「ノー」とは言ってきません。ただ、日本人だと抵抗感を持つ人も少なくないので、避けたほうがいいことが少なくありません。
アメリカの場合、どうしてはっきり言うのかというと、彼らは会社の契約交渉の成果が個人の報酬に直結しているケースが多いからです。仮に1億円の交渉をまとめたら、5%の500万円がボーナスとして入ってくる、といった歩合契約になっている。だから、話がわかりやすいのです。
相手が避けたいポイントも押さえる
また、日本に未進出の企業にとって重要な交渉ポイントは、日本ではまだ売上を上げていない、ということです。これはアメリカに限らず、他の国でも同じですが、ソースネクストと組むことで、初めて日本で売上が立つ。しかも、こちらがマーケティングコストをすべて持つわけですから、相手は費用も手間もまったくかからない。ゼロ円の売上から、いきなり数千万円なり、1億円なりの売上が上がる可能性があるわけです。
冷静に考えれば、今まで売上がなかった地域にノーリスクで売れて、しかもそれによってブランドも築かれていく、というのは大きなバリューになるはずです。
とりわけスタートアップなら、アメリカだけでなく日本でも販売されている、ということは、大きなバリューになります。特に日本はマーケットとして洗練されているという印象を持たれているからです。
マーケットサイズも十分大きく、潜在的な可能性も大きい。日本で販売されているというだけで、企業価値が1.5から2倍くらいになる会社もあります。だから、スタートアップの企業ではバリュエーション(企業価値)を上げたい、という狙いにも応えられるのです。
そして、相手の狙いを確認すると同時に、相手がやってほしくないことをしっかりと理解しておくべきです。避けたい状況や売価の下限などです。
ただ、よくいわれることに「日本の販売価格をアメリカでの販売価格より下げるのはイヤだ」という点がありますが、それには「アメリカでは日本語版のソフトなんか使わないでしょう」と返します。日本語のバージョンだけなら、アメリカに逆流することはありません。これも、当たり前のようで、結構響きます。
基本的に大事なことは、相手の気持ちを考える、ということだと思います。
松田憲幸(まつだ・のりゆき)
ソースネクスト株式会社代表取締役社長
大阪府立大学工学部数理工学科卒。日本アイ・ビー・エム株式会社のシステムエンジニアを経て、1996年に株式会社ソース(現ソースネクスト株式会社)を創業。2006年12月に東証マザーズ、2008年6月に東証第一部に上場。ソースネクストは約50カ国で働きがいに関する調査を行うGreat Place to Workによる2019年版日本における「働きがいのある会社」ランキング(従業員100~999人)で12位と5年連続でベストカンパニーに選出されたほか、東洋経済オンライン「初任給が高い会社ランキング」(2017年)で第7位にランクイン。2012年より米国シリコンバレー在住、日本と行き来し経営にあたる。兵庫県出身。新経済連盟理事。
【関連書籍のご案内】
『売れる力 日本一PCソフトを売り、大ヒット通訳機ポケトークを生んだ発想法』
著者:松田憲幸(ソースネクスト株式会社社長)
2020年1月9日(木)夜10時~テレビ東京系列「カンブリア宮殿」出演!
10年で時価総額50倍に!
「特打」「驚速」などパソコンソフト累計5000万本、
初の翻訳機「ポケトーク」でシェア95%を実現した
【常識破りの、全ノウハウ】とは?
ソースネクストの創業は23年前。システムエンジニアだった松田社長は、それまで経験のない店頭販売や価格交渉を実戦で鍛えつつ、お客さまの「面白さ」「煩わしさ」をヒントにユニークな製品をつぎつぎ発売してきました。本書では、具体的な製品を挙げながら、それら製品や売り方の着想プロセスを語りつくします!
◆買ってしまう、欲しくなる「売り」の作り方
◆「特打」「驚速」「ポケトーク」などネーミングの秘密
◆明石家さんまさんCM出演の裏側
◆カッコ良すぎると売れない不思議
◆みずから店頭に立つと見えてくる売れる真実
◆ウイルス対策ソフトの更新料をゼロにできる理由
◆儲けている会社ほどお客様の満足度が高いという事実
◆実力がある人が出世できないと、みんなが困る風土
<反響続々!>
・紀伊國屋書店新宿本店 「社会」ジャンル第1位!(2019年12月16~12月22日)
・三省堂書店有楽町店 ビジネス書ランキング第1位!(2019年12月30日~1月5日)
・丸善日本橋店 ビジネス書ランキング第3位!(2019年12月26日~12月31日)
《著者より》
本書は、さまざまな紆余曲折の中で、私たちの生き残りにつながったユニークな製品や仕組みを、どのように考えて作りあげてきたのか、振り返ってまとめました。これからの厳しいビジネス競争をみなさまが生き抜く何かのヒントになれば、と願っています。ただし、これがヒントといえるか心もとない……というのも本音で、私たちが少し変わった会社である(とよく言われる)ことも事実です。こだわることと、とらわれないことのバランスが一風変わっていた、とでもいいましょうか。
たとえば、社長である私自身が、量販店の売り場に立って販売するのは、当社では当たり前でした。むしろ私は、喜んで店頭に立っていたのです。2019年も店頭に立って販売してきました。量販店の法被(はっぴ)を着て立ち、ポケトークの売れ行きについて、お客さまの生の声をうかがうためです。そんな「売れる」現場を大事にしてきたのと同時に、私が強烈にこだわってきたのは、パッケージやネーミングでした。同業他社は開発に鎬(しのぎ)を削っていましたが、お客さまから選んでもらうポイントはまず中身よりも「見た目」にある、と考えたからです。このため、ネーミングやパッケージデザインを担うデザイナーを、創業当初に役員待遇で迎えました。
また、ソフトの世界では、家電量販店等の小売店に製品を置いてもらうときは卸を通すのが常識ですが、私たちはもう15年も前に、卸を離れて小売店との直接取引に踏み出しました。卸を通すと、売り場を自分たちで思うように演出できないうえ、実売データも入ってこないからです。こんなことをした会社は後にも先にも、なんと今この時代ですら、パソコンソフト業界では私たちしかいません。
価格にもこだわりました。パソコンソフトは数千~1万円するのが当たり前だった時代に、それではユーザーは増えないし、販売ルートも限られる、と考えて、価格を一気に下げました。1980円に統一してしまったときには、業界から罵詈雑言(ばりぞうごん)も浴びせられました。それでもひるまず、このとき一気に100タイトルを世に送り出し、多くのお客さまからの支持を得て、同時に競合を完全に振り切ったのでした。
このほか、会社の倒産の危機をからくも脱した直後の2012年からは、社長である私がアメリカのシリコンバレーに移住しています。日本に本社があるのに、社長みずからがアメリカに移住してしまったことで、これまた驚かれました。しかし、この選択は大正解でした。
現地でのすばやい交渉が奏功し、「Dropbox」や「Evernote」などのいわゆるクラウド製品の日本語版販売の権利を取得でき、それも日本式に量販店でパッケージとして売り出したことで大ヒットしました。クラウド製品をダウンロードするのではなく、量販店で手に取りながら、アフターサービスも保証されるパッケージとして売ったことが、業界の、そしてお客さまの度肝を抜くことになったのでした。
こうした取り組みでは、それぞれに学びがありました。そして今、これらすべての経験や仕組みが揃ったおかげで、ソフトウェア会社だった我々が、冒頭紹介したとおり、ハードウェアであるポケトークを大々的に展開することもできています。長年かけて、一つひとつジグソーパズルのピースをはめてきて、すべてそろった感覚に近いかもしれません。さらに、2019年12月には、「ポケトークS」という大きくバージョンアップした次号機を発売します。まさに、人類史上最高の翻訳機です。もちろん、今がゴールではなく、新たなスタート地点に立ったばかり。拙著『売れる力 日本一PCソフトを売り、大ヒット通訳機ポケトークを生んだ発想法』を通じて、私たちが体験してきた経験や教訓が、ビジネスパーソンのみなさまのほんの少しでもお役に立てたら幸いです。