そうやって突き詰めていくと、先ほど分解した要素については「全てを同時に満たすこと」を諦めるほうが、入試改革のゴールが見えてくるかもしれません。

 たとえば、アメリカの大学入試では、「同時に」「同じ問題を」「100万人分」処理することを諦め、「違う時期に何度か」「違う問題をランダムに」「100万人分」処理することでこの問題を解決しようとしています。

「同時に同じ問題を受験者に解かせる」ということは、公平ではあります。しかし、「違うタイミングで、違う問題をランダムに出して受験者に解かせる」ようにしても、問題の難易度がコンピュータ・プログラムで適切に調整できるようになっていれば、それはそれで公平ではないか、という考え方です。

 受験者が異なる受験日に様々な入試センターに出かけ、コンピュータ端末の前で試験を受けるという試験システムをつくることで、処理能力を分散して高めているのです。

むしろ日本の今までの
入試のほうが不公平だった?

 それと比較すれば、むしろ「同時に同じ問題を解かせる」ことのほうが公平とはいえないかもしれません。なぜなら、大学入試センター試験の時期には雪が降ることが多く、電車の遅延などで遅刻を余儀なくされるなどの悪影響を被る受験生は少なくありません。また、当日風邪を引いた受験生は、体調が万全でない状態で受験するか、やや難易度が高いとされる追試験を受けるかを選ぶことになります。このような状況は、受験生にとって大きな不公平感につながります。

 さて、日本の入試改革はこの先、どのようなゴールを目指していくのでしょうか。本稿で示した5つの要素に加え、教育現場の負荷をこれ以上高めないことを6つ目の要素として、それらすべてを満たす解を考えるのは、難しいかもしれません。

 一方、「知識」「技能」に加えて「思考力」「判断力」「表現力」についても評価するという目標を維持するのであれば、どれかの要素について抜本的に考え方を変えるほうが、ゴールに早く辿り着くことができるのではないか。それほど難しい問題に、文科省はこれから取り組んでいかなくてはならないのです。

(百年コンサルティング代表 鈴木貴博)