無秩序をむしろ糧とする独特のしなやかさ
言語に堪能なタレブが頭を悩ますほどの言葉を、別の言葉で解説するのは気がひけるが、その無粋を引き受けて説明するとすれば、「無秩序をむしろ糧とする独特のしなやかさ」といったところだろうか。耐える強さだけでなく、不確実性を利用してしまう逞しさを兼ね備える、そんな動的な面をも含む性質のようである。
タレブに言わせると、
“この性質は、進化、文化、思想、革命、政治体制、技術的イノベーション、文化的・経済的な繁栄、企業の生存、美味しいレシピ(コニャックを一滴だけ垂らしたチキン・スープやタルタル・ステーキなど)、都市の隆盛、社会、法体系、赤道の熱帯雨林、菌耐性などなど、時とともに変化しつづけてきたどんなものにも当てはまる。”(『反脆弱性』上巻22ページより引用)
とのことだが、つまりタレブは「反脆さ」は、普遍的な理念型として遍在するものだと言いたいようだ。
しかし具体的に知りたいと思う読者にとっては、これでは余計にわからなくなるという人もいるだろう。このあたりはタレブの記述の読みにくさの理由の一つでもある。ただ、理念型の展開力はタレブの論理の鋭利さを支える魅力の一つでもあるので痛し痒しではある。タレブを上手く読むコツは、それに慣れてしまうか、あまりピンとこないところは気にせず(同じことは別の言い方で説明されていると割り切って)読み進めるのがよいと思う。
「反脆弱性」=「無秩序をむしろ糧とする独特のしなやかさ」として、それぞれの章を見ていけば、「冗長性」であろうが「ネコと洗濯機」であろうが「ロック・スターと10%浮気する」であろうが、言わんとしていることはなんとなく理解できるだろう。タレブが意図しているとまでは思わないが、独特の読みにくさが「反脆い」行動習得の練習なのだと思えば、わかりにくさも結果的には概念体得の助けになるかもしれない。
「脆さ」とは何か――タレブが見つけた「三つ組」
タレブは不可避であるブラック・スワン(や不確実性)に対して、脆くなるなと言っていて、それが対策なのだと主張している。では、ブラック・スワンに対する脆さとはどのようなものだろうか。タレブは、「反脆弱性」を、「脆弱性」と「頑健性」と区別し、この3つを「三つ組(triad/トライアド)」として対峙させている(上巻54ページなど)。
ここで注目したいのは、脆弱性よりも頑健性だろう。脆弱性は弱いものとして想像しやすいが、頑健性は盲点になりやすい。タレブに言わせれば、頑健性もまたブラック・スワンに対して脆いのだ。ガラスは硬いが脆い、という感じだろうか。ちなみに三つ組の「倫理」の項目を見ると、脆弱性には「弱い人」、頑健性には「高大な人」、反脆弱性には「強い人」が挙げられている。これが表の中ではいちばんわかりやすい。
なかにはいまいちな例や単なる嫌味のようなものもあるので「三つ組」の表の項目すべてを真に受ける必要はないと思うが、数学が得意な人であれば、「数学(関数)」「数学(確率)」の項目がわかりやすいはずだ。
また、タレブ自身のエピソードも参考になるかもしれない。タレブは『ブラック・スワン』がベストセラーになったことで有名になってから、脅迫を受けるようになった。身の危険を感じたタレブは、ボディガードを雇うことを思いつく。ただ、ボディガードを雇っても完全でないし常に雇うのは煩雑だということに思い至り、自身を鍛えてボディガードのようになればよい、ということで、いまの強面の風貌になったという。これは脆さ、頑健さ、反脆さのよい例ではないだろうか。