オプション性とバーベル戦略

 個人的にタレブの主張で感心したのは、オプション性の考え方と、具体的なものとしてはバーベル戦略である。

 詳しくは本書に譲るが、凹性と凸性を理解し、損失局面を限定的に、収益局面を青天井にする組み合わせでポジションを作る、ということは、非常に反脆い戦略だということは実践的な観点から納得がいく。

 ミドルリスクをすべてで一様にとるべきではなく、バーベル戦略――極端に安全な資産(たとえば国債)を多くと、稀にしか起きないがその時には極端に儲かるオプション(たとえば掛け捨て保険のような、インザマネーになりにくい安価なプットオプションのロング)を組み合わせる、つまり「ロック・スターと10%浮気する」――のほうが生き延びやすくアップサイドも期待できる、というのはタレブが実際に大金を稼いだ資産運用の戦略だが、資産運用以外の方策としても参考になる考え方だろう。

 たとえば、サラリーマンをしながら作家をする、というのもその戦略のひとつと言えるかもしれない。

オプション性を「真っ当」に使っているか

 そして、タレブはその種の社会的なオプション性に非常に敏感である。きちんと理解してオプションに身銭を切るべき、というのがタレブの身上だが、そうでないケースにはかなりの嫌悪感を持っている。

 たとえば、先ほどのポジションを作る場合、資産を買うには売り手がいないといけない。ただ、収益局面に凸であるポジションを自身が買うために、他人にそのオプションを故意に売らせている人はいないだろうか。

 たとえば、部下が目標達成できた場合はマネジャーの手柄、目標達成できなければ部下の責任で、未達時には「作家なんか兼業してるからだ」と報告してそれを禁止することで目標未達の対策の責任をとったとする場合、これは非対称(アンフェア)なやりとりではないか、というわけである。

 この場合マネジャーは、どのような局面でも損をしないうえ、リスクを部下に押し付けつつ、部下のオプション行使の機会を奪い、さらには部下を末長く隷属させることに成功する。

 タレブはこのような真っ当でないオプション性の構築を心の底から毛嫌いする。そのマネジャーは「身銭を切っていないじゃないか!」というわけだ。

 それが高じて、タレブは最新作ではオプション性とその行使に関する倫理性を訴えることにする。ブラック・スワンへの対策としての反脆弱性、そして反脆弱性を構築する倫理の確立のために、タレブは「Skin in the Game」すなわち『身銭を切れ』を書き上げるのである