ES細胞の課題
表皮の基底細胞は幹細胞だが、表皮という決まった組織の細胞にしかなれない。そのため、組織幹細胞と呼ばれる。しかし、中には、体中のどんな細胞にでもなれる幹細胞もある。ヒトの一生は受精卵から始まる。このたった1つの細胞が細胞分裂を繰り返して、およそ40兆個の細胞からできている1人のヒトになるのである。
受精卵は細胞分裂によって、まず2つの細胞に分かれ、さらに4つの細胞に分かれる。
こうして増えていった細胞は、32個ぐらいまでは均一で、細胞同士でとくに違いはない。受精して約5日が経ち、細胞が100個近くになると、胚盤胞と呼ばれる段階になる。
この段階になると、細胞は2つのグループに分かれる。1つのグループは、胚盤胞の外側を取り囲むように並んだ栄養外胚葉で、この部分が胎盤になる。胎盤は、胎児と母親をつなぐ器官で、胎児に酸素や栄養を与えたり、胎児が出した二酸化炭素や排出物を回収したりするところだ。
一方、胚盤胞の内部は空洞になっていて、液体が入っている。この内部にある細胞が、もう1つのグループである内部細胞塊(ないぶさいぼうかい)だ。この内部細胞塊は胎児になる。つまり、私たちの体を作っている神経や表皮や筋肉など、すべての細胞に分化する能力を、内部細胞塊は持っている。したがって、内部細胞塊は未分化の細胞である。
しかし、内部細胞塊は幹細胞ではない。発生が進んでいくうちに他の細胞に分化して、内部細胞塊自体はなくなってしまうからだ。
ところが、この内部細胞塊を外に取り出して、ある条件で培養すると、自己複製もするし、体中のすべての細胞への分化もできる細胞になる。つまり幹細胞になる。この、胚盤胞の内部細胞塊を培養した細胞を、ES細胞(胚性幹細胞)という。
ES細胞は、医療への応用が期待されている。どんな細胞にでも分化できるために、機能を失った組織の再生に使うことができるからだ。たとえば糖尿病の患者のためにインシュリンを作る細胞に分化させたり、心筋梗塞の患者のために心筋細胞に分化させたりすることが考えられる。このように、ES細胞には大きな期待が寄せられているが、その一方で問題もある。
ES細胞を作るためには、すでに発生を始めている胚を壊さなくてはならない。そのため、倫理的な問題が起きる。精子と卵が受精した瞬間からヒトとしての人生が始まると考えれば、受精後5日ほど経った胚を壊すのは殺人になる、という意見もあるのだ。
さらに、免疫による拒絶反応という問題もある。患者にとっては他人である胚盤胞からES細胞は作られる。したがって、そのES細胞から作られた臓器なども、患者にとっては他人のものであり、免疫による拒絶反応の標的になってしまうのだ。