幹細胞とは何か
私たちの皮膚は3つの層からできている。外側の表皮と、中間の真皮と、内側の皮下組織だ。外側の表皮は、さらに4つの層に区分される。4つの層のうち一番外側は角質層で、一番内側が基底層である。
一番内側の基底層では、基底細胞が細胞分裂を繰り返し、増えた細胞は外側へと押し出される。押し出された細胞は角質細胞と呼ばれ、細胞内でケラチンという硬いタンパク質を合成し始める。そして、中間の2つの層を通りながら、細胞内にケラチンを蓄積していく。一番外側に達するころには、角質細胞は死滅し、ほぼケラチンだけの角質層となる。
そして、この角質層は、表層から順番に剥がれ落ちる。これが垢である。さて、一番内側の基底層で細胞が分裂し、細胞が外側に押し出され、垢になって剥がれ落ちることはわかった。でも、よく考えると何か変だ。
たとえば、単細胞生物を考えてみよう。単細胞生物(母細胞)が細胞分裂すると、2匹の単細胞生物(娘細胞)が生まれる。当たり前だが、娘細胞は、母細胞と同じ細胞である。
分裂直後は少し小さいかもしれないが、しばらくすれば母細胞と同じ大きさになる。こういう細胞分裂を、表皮の基底細胞が行うとどうなるだろうか。基底細胞が分裂すると2個の基底細胞ができる。それらが分裂すると、4個の基底細胞ができる。それらが分裂すると……いや、これではいつまで経っても、角質細胞はできない。基底細胞が増えていくだけだ。
単細胞生物の細胞分裂は、自分と同じ細胞を2個作り出す。でも基底細胞の細胞分裂は、これとは違うタイプのようだ。
一方、私たちの心筋細胞などができるときは、細胞分裂によって自分と異なる細胞を作り出す。たとえばAという細胞が分裂すると、Aとは異なるBという細胞を2つ作り出す。Bという細胞が分裂すると、Bとは異なるCという細胞を2つずつ(計4つ)作り出す。
私たちの体の中で起きる細胞分裂としては、よくあるタイプである。こういう細胞分裂を、表皮の基底細胞が行うとどうなるだろうか。基底細胞が分裂すると2個の角質細胞ができる。それらが分裂すると……いや、これでは基底細胞がなくなってしまう。
とりあえず、今は角質細胞が作れるけれど、基底細胞がみんな角質細胞に変化してしまったら、もう角質細胞を作ることはできない。心筋細胞ができるときの細胞分裂は、自分とは異なる細胞を2個作り出す。でも基底細胞の細胞分裂は、これとも違うタイプのようだ。
基底細胞は角質細胞を作らなければならないが、自分自身をなくすわけにもいかない。そのためには、細胞分裂で2つの細胞を作るときに、1つは自分と違う角質細胞に、もう1つは自分と同じ基底細胞にすればよい。これなら、角質細胞をどんどん作ることができる。角質細胞をいくら作っても、角質細胞を作る能力のある基底細胞がなくならないからだ。
この基底細胞のような細胞を、幹細胞という。つまり、自分と同じ細胞を作り出すと同時に、自分と異なる細胞も作り出すことのできる細胞のことである。自己複製も分化もできる細胞といってもよい。