北京五輪で水泳競技が行われた「ウォーター・キューブ」は、「環境に優しく、周囲の環境に溶け込み、中国文化を象徴する建物を納期までに予算内でつくり上げる」という明確な目標の下、世界じゅうから集まった多くの企業やコンサルタントの協力によって完成した。
この例は少々異例としても、今後は組織内の部門だけではなく、外部の専門家やステークホルダーを巻き込んで、前例のない取り組みのためにグローバルで流動的なチームをつくるというケースは増えてくるのではないだろうか。
そして筆者はこうしたチームの戦略を「チーミング」と呼び、これをうまく機能させるには、複雑な環境下での計画立案と遂行が求められるプロジェクト・マネジメントと、入れ替わりの激しいメンバー間でコラボレーションを培うチーム・リーダーシップという2つのベスト・プラクティスを採り入れる必要があると指摘する。不確実性の高い環境での成長を望むなら、新たな方法での協力体制が必要である。チーミングはその1つの解決策である。
「ウォーター・キューブ」をつくったチーム
2008年の北京オリンピックを覚えているだろうか。環境に優しい素材で、半透明な水の泡の模様に一面を覆われた鉄筋建造物が、34万平方フィート(約3万2000平方メートル)の敷地に堂々とたたずんでいるのに思わず見入ってしまわなかっただろうか。
Amy C. Edmondson
ハーバード・ビジネス・スクールのノバルティス記念講座教授(リーダーシップと経営論を担当)。2012年3月にTeaming: How Organizations Learn, Innovate, and Compete in the Knowledge Economy, Jossey-Bass.が刊行されている。
競泳と飛び込みの競技会場となったあの水立方(ウォーター・キューブ)という愛称を持つ北京国家水泳センターは、1万7000人の観客を収容し、建築設計の分野で名高い賞をいくつも獲得した。
総工費102億元ともいわれるこの建物は、設計・エンジニアリング業務をグローバルに展開するアラップ、PTWアーキテクツ、中国建築工程総公司、中建国際設計公司をはじめ、多くの企業やコンサルタントたちが力を出し合って完成した。「エネルギー消費を最小に留め、周囲の環境に溶け込む、中国文化を象徴する建物を、納期通りに予算内でつくり上げること」という目標は明確だった。しかし、その方法については漠然としていた。
そこでシドニーに拠点を置くアラップの建築士、トリストラム・カーフレイは、熟慮の末、受注競争を勝ち抜くため、20の専門分野に4カ国から数十人の人々を集めて1つのチームを組むことにした。これには通常のプロジェクト・マネジメント以上のことが求められた。このチームは、必要に応じて組織されては任務終了とともに解散となる流動的なグループで、国の文化も違えば、組織や仕事の文化もまったく異なる。プロジェクトの成功は、このチームで人々が協力し合えるかどうかにかかっていた。
ウォーター・キューブの建造は異例の取り組みだが、そこで採用された戦略から新しい時代のビジネスが見えてくる。私が「チーミング」と呼ぶその戦略とは、即興的なチームワークである。バスケットボールならば、長年ともに練習に励んできたチームではなく、選抜チームによる試合である。
チーミングとは、これまで直面したことのない、そしておそらく今後直面することもない課題の解決のため、さまざまな専門家を短期間、組織する手法である。
ER(緊急救命室)で働く医師のことを考えてみよう。彼ら彼女らは、ある患者に起きた異変に対処するため緊急に呼び出される。それが終われば、次の現場で別の同僚と別の患者を診る。これと対照的なのが、きわめて統制された環境で同じ手術を毎日繰り返す手術チームである。
企業が前例のない取り組みや、おそらく今回限りとなるプロジェクトを成功させようとする場合、これまでのやり方でチームを組織するのは現実的ではない。必要となるスキルと知識を事前に見極め、状況は変わらないと考えること自体が、無理な話なのである。こうした場合リーダーは、単にチームを組んで運営するのではなく、積極的にチーミングを奨励し、実践しなければならない。
時間をかけて協力してきたメンバーを中心とするゆるぎないチームは、強力な武器となりうる。しかし、状況が時々刻々と変わり、市場での競争が激化し、顧客ニーズが予測しにくい今日の事業環境では、そうしたチームを組んでいる時間的余裕はない。
そのため組織内部のさまざまな部門から幅広くメンバーを集めることに加え、外部の専門家やステークホルダーを呼び込むことがますます重要になっている。組織内外のメンバーで構成されるこうしたチームは、目標が達成された時点、あるいは新しいビジネスチャンスが生まれた時点で解散となる。
いまや多くの業界や組織で、複合的なチームに関わる人たちが増えている。そうしたチームは、任務期間も違い、メンバーも次々と入れ替わり、目標も常に修正される。製品設計、医療・介護、戦略の展開、医薬品のR&D、救命救助活動など、チーミングが不可欠な分野は枚挙に暇がない。
こうしたチームワークの進化には大きな課題もある。実際、これが大きな混乱を引き起こすこともある。しかし、チームの上手な動かし方(すなわち、プロジェクト・マネジメントとチーム・リーダーシップの原則)を学んだ社員や組織は、大きな見返りが得られる。
チーミングにより、社員1人ひとりが知識とスキルを習得でき、人脈を広げることができる。会社ならば、既存の製品やサービスの提供スピードを上げられるし、新しいビジネスチャンスにも迅速に対応できるようになる。チーミングとは、もっとうまい仕事のやり方を考え出しながら、仕事を片づけてしまう方法である。すなわち、実行と学習を同時に実現する手法のことなのだ。