40歳を目前にして会社を辞め、一生懸命生きることをあきらめた著者のエッセイが、韓国で売れに売れている。現地で25万部を突破し、「2019年上期ベスト10」(韓国大手書店KYOBO文庫)、「2018年最高の本」(ネット書店YES24)に選ばれるなど注目を集め続けているのだ。
その本のタイトルは、『あやうく一生懸命生きるところだった』。何とも変わったタイトルだが、現地では、「心が軽くなった」「共感だらけの内容」「つらさから逃れたいときにいつも読みたい」と共感・絶賛の声が相次いでいる。日本でも、東方神起のメンバーの愛読書として話題になったことがあった。
そんなベストセラーエッセイの邦訳が、ついに2020年1月16日に刊行となった。この日本版でも、有安杏果さんから「人生に悩み、疲れたときに立ち止まる勇気と自分らしく生きるための後押しをもらえた」と推薦コメントが寄せられ、発売即大重版となるほどの売れ行きとなっている。多くの方から共感・絶賛を集める本書の内容とは、果たしていったいどのようなものなのか? 今回は、本書の日本版から抜粋するかたちで、仕事への価値観について書かれた項目の一部を紹介していく。

必ずしもみんな、仕事が好きである必要はない

 僕の仕事はイラストレーターだ。そう言うと、たいていの人が「好きな仕事ができて、うらやましいですね」なんて反応を見せる。僕の意見を聞きもしないで。 

 必ずしもすべての会社員が自分の仕事を好きではないように、すべてのイラストレーターが絵を描くのが好きなわけではない。ほかの仕事だってそうだろう。

 好きで今の仕事を選んだ人もいるが、さまざまな理由から今の職に就いた人だっているはずだ。収入がいいからとか、安定しているからとか。

 多くの人は”なんとなく”今の仕事を始めたのではないだろうか。

 僕もそうだ。絶対にイラストレーターになりたいと思っていたわけではない。なんとなく、絵を描いてごはんを食べるようになった。絵を描くのは嫌いではないが、心底好きでもない。

 これはただの”仕事”だ。

 でも仕事とは、もともとそういうものではないだろうか?

 もちろん、絵を描くのが好きだったときもあった。絵が仕事でなかった頃は好きだったが、仕事になったとたん、前ほど好きではなくなった。これはちょっと悲しい。

 だから、人によっては「本当に好きなことは仕事にすべきでない」と忠告する。だが一方で、ある人は「本当に好きなことこそ仕事にすべきだ」と忠告する。

 一体どうすりゃいいんだ?

 どちらを選ぶのも自分次第だが、たぶんどちらを選んだとしても後悔しそうだ。人間は欲の多い生き物だから。

「やりたい仕事を探そう」という風潮が苦痛でしょうがない

仕事にアレコレ望みすぎていない?

 ひょっとすると、僕らは仕事に対し、あまりにも多くのことを望みすぎているのかもしれない。食べていくのは大前提として、お金をたくさん稼げるほどいいし、自己実現もできて、面白くて、そこまできつくなくて、それに休みも多くて、尊敬されて……。

 それってどんな仕事だろう?

 実際のところ、その中の一つや二つでも満たされるなら、なかなか良い仕事と言えるのではないか? ちょっと欲を捨てれば、今の仕事にも満足できるかもしれない。

 ずいぶん長いこと「本当にやりたい仕事」が何かについて悩んできたが、見つからない理由がようやくわかった気がする。みんなも自問してみるといい。

 本当に働きたいのか?

 答えがノーなら、今の仕事の良い面を見て妥協する手もある。僕も、やりたいかどうか以前に、仕事自体をやりたくなかったようだ。

 シンプルに暮らしたい。ただそれだけだった。

 生きていくって、そんなに複雑なことだろうか? 食べていく手段を自分で選べる今の時代は好きだが、ふと狩猟と採集で毎日を送っていた原始人たちの生活をうらやましく感じたりもする。

(本原稿は、ハ・ワン著、岡崎暢子訳『あやうく一生懸命生きるところだった』からの抜粋です)

ハ・ワン
イラストレーター、作家。1ウォンでも多く稼ぎたいと、会社勤めとイラストレーターのダブルワークに奔走していたある日、「こんなに一生懸命生きているのに、自分の人生はなんでこうも冴えないんだ」と、やりきれない気持ちが限界に達し、40歳を目前にして何のプランもないまま会社を辞める。フリーのイラストレーターとなったが、仕事のオファーはなく、さらには絵を描くこと自体それほど好きでもないという決定的な事実に気づく。以降、ごろごろしてはビールを飲むことだけが日課になった。特技は、何かと言い訳をつけて仕事を断ること、貯金の食い潰し、昼ビール堪能など。書籍へのイラスト提供や、自作の絵本も1冊あるが、詳細は公表していない。自身初のエッセイ『あやうく一生懸命生きるところだった』が韓国で25万部のベストセラーに。