がんの薬物治療が飛躍的に進歩した契機は10年前、がん細胞の増殖や転移にかかわる部分だけをピンポイントで攻撃する「分子標的薬」と呼ばれる薬の登場にあった。以来、製薬産業の戦略はどう変化しているのか、薬物治療の革新はさらに続くのか。がん治療薬市場で世界2位(売上高ベース)に君臨する製薬大手ノバルティス(スイス)のがん事業部門プレジデント、アーヴェ・オプノー氏に聞いた。(「週刊ダイヤモンド」編集部 山本猛嗣、臼井真粧美)

――ノバルティスは2001年に分子標的薬の先駆けである慢性骨髄性白血病(CML)治療薬「グリベック」を国内で発売しました。CMLの進行を劇的に抑えるグリベックは消化管間質腫瘍(GIST)など複数のがんの治療薬として使われ大型医薬品となりましたが、もともとは患者数が少ないCMLの治療をターゲットにしたニッチの薬。がん領域では、製薬大手各社がこれまで稼ぎ頭としてきた生活習慣病薬のように患者数の多い病気ではなく、患者数の少ない病気が開発ターゲットになるのでしょうか。

アーヴェ・オプノー(Herve Hoppenot)
仏ローヌ・プーラン(現サノフィ)を経てノバルティス入社。ノバルティス最大のビジネスユニットであるノバルティス オンコロジー(オンコロジー事業部門)のプレジデントを務める

 がんは患者数の少ないレアな病気(タイプ)の集合体。そう表現するのは、医療技術の進歩によって乳がん一つをとってもいくつものタイプに分けられるようになったからです。現在ではがん細胞にホルモン受容体がある患者にはホルモン療法、HER2というタンパクが多く現れる患者にはHER2を標的にした分子標的薬が有効とされ、同じ乳がんでもタイプによって治療法は異なります。複数あるタイプの一つひとつの原因解明や治療法開発に努めて最終的に多くの患者を救うことが、持続的かつ社会的に有意義なビジネスの姿ではないかと思います。

 当社ががん領域で販売あるいは開発している薬の多くは、患者数の少ない病気を治療するものです。それでもがん治療薬全体の売上高はとても大きく、当社の医療用医薬品売上高2兆6000億円(2011年)の3分の1を占めます。