ちくわぶはなぜ東京近郊でしか
食べられてこなかったのか

 まず、第一章ならぬ「1本目」は『ちくわぶの生まれる場所』で、読みどころは『全国ちくわぶメーカーに突撃取材!』だ。なるほど、それぞれのメーカーさんに特徴があって、味もテクスチャーもだいぶ違うらしい。たぶん、唯一のちくわぶ経験は、こういった一流メーカーの品とちがったんやろう。なんせ、まず、いや、口にあわんかったし。

 しかし、『全国』はウソやろ。メーカーの場所は、茨城、東京、神奈川、静岡だけ。世間ではこれを全国とは呼ばない。関東の一部プラス静岡、という。

『丸山晶代のちくわぶを作ってみよう!』では、家でもちくわぶを作れる方法が説明されている。方法は簡単だが、美味しいのはできなかったらしい。結論は「ちくわぶは作らず買いましょう!」って、あんまりちゃいますか。

 読んでいて、1本目と2本目との間に挟まれている『ちくわぶこらむ』で腰が抜けた。イニシャルだけの「阪大医学部の名物教授N」とはいえ、自分のことが書いてあった。その内容は確かに記憶がある。江弘毅という、食にかなりうるさいライターと、ちくわぶを巡ってツイッターで意見交換をしたことがあった。そのことを江さんが本に書いたのだ。ちくわぶ嫌いの関西人代表としての登場だ。望むところやんけ。

「2本目」は『ちくわぶの愛され方』である。できれば愛し方をお教えいただきたいが、無理は言うまい。ここでは、ちくわぶ料理を出すお店が5軒紹介されている。浅草が一軒、王子が二軒、赤羽が二軒と、東京の地図で確認したらえらく地域に偏りがあるような気がするが、まぁまけときましょう。このあたりが、ちくわぶ発祥の地らしいし。

『ちくわぶの来た道』が3本目。ちくわぶの由来が解説されている。といっても、定説はないらしい。ひとつは、白竹輪代用説。たまぁに目にすることがある白竹輪は、焼く代わりに蒸して作った竹輪だ。その材料に、白身魚のすり身の代わりに小麦粉を使ったのが発端だとする説。はっ?白身魚の代わりに小麦粉?白い以外の共通点が思い当たらない。

 ふたつめは生麩変形説。ちくわぶも生麩も材料は強力粉である。それはまぁよろしい。しかし、製法に大きな違いがある。生麩は強力粉を練った後、デンプンを抜くという面倒な作業があるが、ちくわぶではその肝心なところが省かれている。まったく違う食べ物だ。

 もうひとつ、「つと麩」説も紹介されているが、いずれも、いうなれば、高級食材のぱちもんとして庶民が考案して食べ続けてきたということだ。そうやったんか。けなげな食べ物を邪険にしたらあかんなぁと、すこし心が揺さぶられた。

 そして、『ちくわぶはなぜ東京近郊でしか食べられてこなかったのか』では、もともと水の中で保存せねばならないものだったから、地産地消だったという考えが述べられている。ちゃうやろ、やっぱりおいしないからやろ、と、心揺さぶられた後でも思ってしまう。