それでしか税金を支払えないから、「紙切れ」に価値が生まれる
中野 そうなんですよ。実際、イギリスの5ポンド紙幣には「要求あり次第、合計5ポンドを所持人に支払うことを約束する」と述べる女王の姿が描かれているだけです。
――本当ですか? いくら女王様が保証してくださっても、5ポンド紙幣と引換えに、別の5ポンドを渡されるのでは意味がないですよ。そんな約束をしているだけの貨幣は、やっぱり“ただの紙切れ”としか言えないのではないですか? 信用貨幣論についていろいろお話を伺ってきましたが、「単なる紙切れの『お札』が、どうして『貨幣』として流通しているのか?」という最初の質問に、結局のところ応えられないじゃないですか?
中野 そんなに怒らないでください(笑)。
MMTは、その問いにこう応えます。
まず、政府は円やポンドやドルを自国通貨として法律で定めますが、次に何をするかというと、国民に対して税を課して、法律で定めた通貨を「納税手段」として定めるわけです。
これで何が起こるかというと、国民にとって法定通貨が「納税義務の解消手段」としての価値をもつことになります。納税義務を果たすためには、その法定通貨を手に入れなければなりませんからね。ここに、その貨幣に対する需要が生まれるわけです。
こうして人々は、通貨に額面通りの価値を認めるようになり、その通貨を、民間取引の支払いや貯蓄などの手段として――つまり「貨幣」として――利用するようになるのです。
要するに、人々がお札という単なる紙切れに通貨としての価値を見出すのは、その紙切れで税金が払えるから、というのがMMTの洞察です。貨幣の価値を基礎づけているのは何かというのを掘って掘って掘り進むと、「国家権力」が究極的に貨幣の価値を保証しているという認識に至ったのです。
――なるほど……。つまり、フライデーが発行した「借用証書」をクルーソーがフライデーに持っていったら魚がもらえるように、政府が発行した「借用証書」を政府に持っていったら、「租税債務」を解消してもらえるということですね?
中野 そういうことです。
――たしかに、その説明には説得力を感じます。納税義務に違反すれば罰則を科せられるという「強制力」が、貨幣の価値の根本にあるというのはリアリティがありますよね。しかも、納税義務は国民に一斉に課すことができるものですから、一斉に貨幣需要が生まれることにもなります。
中野 ええ。国家の徴税権力というのは強烈な権力ですからね。それに、これは歴史的にも実証されていることです。
歴史が証明する「貨幣の真実」
――そうなんですか?
中野 ええ。かつてヨーロッパでは、民間銀行が独自の銀行券を発行して流通させていました。たとえば、17世紀のイギリスにおける金匠銀行がそうです。金匠銀行は顧客から預かった貴金属などに対して金匠ノート(受領証)を発行し、それが「貨幣」として流通していました。
ところが、金匠銀行が金庫に保管している貴金属を、顧客が一斉に引き出しにくることはないことに気づいて、預かった貴金属に基づかない金匠ノート(受領証)を発行して融資するようになりました。こうすることで貨幣流通量が増えて、イギリスの経済活動が活発になる一方で、金匠銀行の経営基盤が脆弱なために貨幣価値はなかなか安定しないという問題がありました。
ところが、政府は、1694年に設立されたイングランド銀行に銀行券の発行業務の独占を認めるとともに(金匠銀行は発券業務を放棄)、イングランド銀行の銀行券を国家への納税などの支払い手段として認めるようになってから、貨幣価値が安定し始めたのです。
――へぇ、そうなんですね。
中野 これと同じような現象は、イギリスのみならず、近代ヨーロッパで数多く観察されることです。民間銀行が発行する銀行券にはデフォルトの可能性という不確実性が伴うため、貨幣価値が安定しなかった。その不確実性を最大限にまで低減し、貨幣に価値を与えたのが国家の関与であり、究極的には「徴税権力」だったというのがMMTの洞察であり、理解なんです。
別の言い方をすれば、貨幣経済を扱うのは経済学の領域だと思われていますが、その貨幣の価値は「権力」という政治学の領域で基礎づけられているということになります。
――たしかに、そうなりますね。
中野 ただ、MMTは、貨幣が、納税とは無関係に、社会慣習によって交換手段として受け入れられる場合も確かにあると認めています。だから、MMTは、租税の支払い手段となることは、貨幣が人々に受け入れられる「必要条件」ではなく、「十分条件」だとみなしています。つまり、租税の支払い手段として法定通貨を定めれば、それを担保しうる徴税権力が確立した国家においては、必ず貨幣として流通するのだ、と。
――なるほど。
中野 さて、ここまで、ずいぶん遠回りをしたようですが、MMTの「貨幣論」の骨子をご理解いただけましたか?
――はい、一応……。
中野 では、話を先に進めましょう。
(次回に続く)
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1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。