東京は昭和の時代から
何も変われていない

 これが「予言」でないことは言うまでもない。ならば、この現象を合理的に説明できる答えはひとつしかない。大友氏が描いた「昭和の東京」から「令和の日本」は何も変わっていないということだ。

 我々は、ことあるごとに時代は変わった、なんちゃら2.0だと叫ぶが、同じ人間が動かしている以上、そこまで世の中は大きく変わらない。それは、日本経済を見ても明らかだ。バブルが崩壊しても日本の基本的な産業構造はたいして変わっておらず、気がつけば先進国の中で最低レベルの労働生産性と賃金で、おまけにG7の中で唯一経済成長をしていない国となった。

 少子高齢化だ、人手不足だ、という議論もかれこれ30年も続けている。それを示す描写も「AKIRA」にある。政府内でAKIRA対策予算の議論が紛糾する中で、おじいちゃん議員が、「だから何べんも云っとるようにィ その金を福祉に廻せば良かったんじゃ」と叫ぶと、「うるせェ ジジイ」というヤジが飛んでいる。

 今の国会のしょうもないヤジ合戦、人手不足、高齢化社会にまつわる議論のエンドレスループは、大友氏が描いた「昭和の時代」からずっと繰り返されてきたのである。

 SNSでは「AKIRA」の予言が当たりすぎて怖いという人も少なくない。

 確かに、「AKIRA」で描かれるネオ東京のような破滅が、現実に起きる可能性もある。ご存じのように、東京は、首都直下型地震という大きなリスクを抱えている。政府の地震調査委員会によれば、これは今後30年以内に70%の確率で起きる。ということは、明日起きてもおかしくないということでもある。

 新型コロナウィルスで経済活動が麻痺している中で、もし首都直下型地震が起きたら…。想定でも2万3000人の死者が出る大災害である。昨年起きたような豪雨や水害が重なれば、首都機能は完全に麻痺してしまう。「AKIRA」のネオ東京同様に、オリンピックなどやっている場合ではなくなる。

 そんな未来は確かに怖い。しかし、個人的にもっと怖いのは、38年も経過しているのにさまざまな面で「昭和」を引きずっている、日本というシステムだ。

 ネタバレになるが、「AKIRA」のラストは、主人公・金田たちが「大東京帝国AKIRA」という独立国家を築き、瓦礫の山の中でアメリカの手も借りずに自分たちだけで東京の再建を目指す、というものだ。

 マンガチックで荒唐無稽だと笑うかもしれないが、もしかしたらこれくらい荒唐無稽なことをやらないと、日本という国は変わることができないのかもしれない。