リスクの引き受けがもたらす学びの良質化と人生の豊かさ

 結局、実名だからといって、身銭を切る態度をとっているとは限らない。一方で、匿名であっても良質な語りを続ける人はいる。

 大切なのは、リスクを引き受ける意識だ。「引き受け」こそが、身銭を切ることの価値を高める。

 先に述べたように、身銭を切ることは、学びを駆動する。それが人生を豊かにする。もし、Twitterユーザーの中に、身銭を切る人が増えたとしたら、ネット空間も少しは変わるかもしれない。自分の発言に責任を持ち、実名匿名にかかわらず、自分と他人がおりなすコミュニケーションの細部に目配せし、配慮し、丁寧に言葉をつむぐ。傍観者として評論ぶるのではなく、自分ごととして語る。そこではじめて、なじり合いの不毛さは薄れる。「自分の言葉に責任を持て」。巷間よく言われることだが、身銭を切るという観点から再度、この訓戒を顧みると、内省しなければ、と思うところが多く見えてくるだろう。

 一方、当然ながら、リスクには破滅的なものもある。それは受けてはならない。タレブはこの件についてロシアン・ルーレットを引き合いに出した。銃口を自身に向けて引き金を引く。被弾する確率は6分の1だ。賭けとしてはよい具合に「勝てる」賭けだが、負ければ「死ぬ」。そういったリスクを受容するのはナンセンスだ。

 大切なのは、「ある程度のリスクを愛そう(同書401ページ)ということである。その「程度」をこそ本書で学んでほしい。それ以前に、もし程度の目測に不安があるのなら、以下を自身に問いかけることが有効だ。

「あなたにとってそれは今もリスクなのか?」
「身銭を切っているようでいて、実はそうではないのではないか?」
「あるがままの自分より己れを大きく見せようとしていないか?」

 タレブは、「人類の役に立ちたい」「貧困を減らしたい」「世界を救いたい」という立派な夢を語る若者に、3つのアドバイスをしているという(同書330ページ)

① 決して善をひけらかすな。
② 決してレントシーキング
(筆者注:他人に利を与えることなく利権を利用して自分だけ収入を得ようとすること)を行うな。
③ 是が非でもビジネスを始めよ。リスクを冒し、ビジネスを立ち上げろ。

 上記はビジネスにおけるアドバイスだが、もしSNSについて聞いたとしても、リスクを引き受けることなしに得をするような自分を粉飾したSNSの運用は、この3原則に即して「下品だ」と言うのではないか。タレブの言葉は、そんなことを思わせてくれる。

[参考]
・ナシーム・ニコラス・タレブ『身銭を切れ』望月衛監訳、千葉敏生訳、ダイヤモンド社、2019年。( )は引用者による補足
・フリードリヒ・ヘーゲル『歴史哲学講義』長谷川宏訳、岩波文庫、1994年
・荒木優太『無責任の新体系』晶文社、2019年