「事実に無関心」な経済学者が政策形成に影響力?

中野 ピケティの言うとおりですよ。リーマン・ショック後の2008年11月に、イギリス女王エリザベス二世が、権威ある経済学者たちに対して、「なぜ誰も危機が来ることをわからなかったのでしょうか」と問いただしたときに、みな押し黙ったままだったそうですからね。

 でも、主流派経済学が「危機」を予測できなかったのは、むしろ当然のことですよ。主流派経済学の理論モデルは、信用貨幣を想定していないのだから、当然、信用創造を行う銀行制度も想定していません。銀行の存在がきちんと想定されていない理論モデルが、金融危機を予想できるわけがないじゃないですか。

 もっと言えば、そのような非現実的な経済理論が世界中の経済政策に影響を及ぼしていたことこそが、金融危機を引き起こしたとすら言えるでしょう。そのことを指して、クルーグマンらは、主流派経済学の理論モデルを「有害無益」と批判したんです。

 そして、ポール・ローマーが、過去30年間で経済学が退歩したと述べた際に念頭にあったのも、DSGEモデルに代表される「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」の非現実性だったのです。

 要するに、主流派の経済学者たちは、アダム・スミス以来、200年以上にもわたって、貨幣についての正確な理解を欠いたまま、物々交換経済の幻想を前提に、精緻を極めた理論体系を組み上げてきたということです。そして、いまや主流派経済学のなかからも、それに対する強い批判が生まれつつあるんです。

――私も以前、ある理論経済学者が「実際の日本経済について講義してくれと言われて困ったことがある」と書いているのを読んで、驚いたことがあります。

中野 その経済学者は、ずいぶん正直な方ですね(笑)。だけど、現実を説明できない経済学が現実の経済政策に強い影響力をもっているのは、恐ろしいことですよ。

――中野さんも、主流派経済学についてはかなり厳しい指摘をなさっていますね?

中野 正直に言って、耐え難いものがありますね。経済政策によって、国民の生活は大きく左右されます。主流派経済学者たちが「知的遊戯」を楽しむのは自由ですが、私たちはもっとまじめに暮らしています。生活が苦しくなったり、路頭に迷ったり、子どもの養育費で何かをあきらめざるを得ない家庭がいっぱいあるんですよ? そんな状況を放置して、「知的遊戯」をしているとすれば、許し難いことですよ。

(次回に続く)

連載第1回 https://diamond.jp/articles/-/230685
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中野剛志(なかの・たけし)
1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。