なぜ米FRBは不要不急の利下げで自滅したのかコロナショックの中、FRBが行った大幅利下げは市場混乱に拍車をかけてしまった可能性もある Photo:PIXTA

2回の臨時会合により
苦労して溜めた糊代を一瞬で浪費

 FRBの政策運営が迷走している。コロナショックで金融市場が混乱する中、彼らは3月3日、15日と2週間で2回の臨時会合を開催して計▲150bpsの利下げに踏み切り、大型の資産購入プログラム(QE)を再開することも決定された。15日の会合に至っては定例会合のわずか3日前であり、「何故3日くらいの時間を待てなかったのか」という疑問が市場には残っている。

 もちろん、一気呵成に攻め込むことで市場不安が鎮圧できれば良かったが、「状況はそんなにまずいのか」という不安を惹起し、市場混乱には拍車がかかってしまった。決定されている事項は満額回答に近いものだが、市場としては「別にそこまで求めていない。不要な不安を煽らないで欲しい」という意見が本音に近いと思われる。

 利下げで新型ウイルスが死滅するわけではない。だとすれば、中銀にできることは「時間稼ぎ」に尽きる。時間は利下げを筆頭とする緩和策の小出しで稼げるはずであり、各国中銀にとって定例会合は「極力回って来て欲しくはない」機会という部分もあるだろう。

 こうした状況で、余分な会合を開いてまで大幅利下げしたのだから、失策としか言いようが無い。3月に入ったとき、FRBには「1.50~1.75%」の政策金利があった。下限である「0.00~0.25%」までは25bpsずつの利下げで6枚分のカードがあった。

 定例会合だけでも、3・4・6・7・9・11・12月と7回あったので、毎回25bpsずつ利下げしても年末まで引っ張るだけの糊代はあった。QE再開も交え上手くコミュニケーションすれば、糊代を残せたかもしれない。

 この糊代は議長3代にわたって地道に確保したものだ。バーナンキ元FRB議長が2013年5月の議会証言で量的緩和(QE)の段階的縮小(テーパリング)を示唆し、イエレン元議長(任期:2014年2月3日~2018年2月3日)がQEの縮小・終了、さらに利上げの着手に漕ぎ着けた。そしてイエレン元議長が利上げの軌道を確保したところ、パウエル現議長(2018年2月4日~)がそれを引き継いだ。