商社#7
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野心に満ちた若手ビジネスパーソンにとって、年功序列の人事制度を打破できず官僚化した総合商社はもはや、戦うべきフィールドではなくなってしまったのか。特集『最後の旧来型エリート  商社』(全13回)の#7では、ベンチャー企業を旗揚げした“辞め商社”人材が語る古巣への“諫言”と“謝辞”の言葉から、レガシー集団の限界と苦悩を読み解く。(ダイヤモンド編集部 岡田 悟)

三井物産“挑戦と創造のDNA”はどこへ?
「じゃあ自分でやります」と飛び出し会社設立

「今の会社でやっていることは、本来、三井物産でやりたかったこと」――。2013年に三井物産を退職し、スタートアップ企業や大企業内の社内ベンチャーを支援するボーンレックスを設立した室岡拓也さん(35歳)はこう語る。

 慶應義塾大学の学生時代から、塾講師や家庭教師を派遣する会社を経営したり、学生団体を組織したりしていた室岡さん。外資系金融機関にも内定していたが、より多くの人の幸せに貢献したいと商社を選んだ。入社後は発電プラントの買収や、他の事業者へのプラント輸出に携わる。

 仕事自体は楽しかった。ただ、年功序列や上意下達といった大企業特有の文化や習慣に違和感を覚え始める。さらに物産では、02~03年にディーゼルエンジンの不正入札や排ガス浄化装置のデータ捏造などの不祥事が発生。その後、社内のガバナンスが強化され、社員の人事評価は定量評価より定性評価のウエートが大きくなった。

室岡拓也
現在のビジネスは本来、三井物産でやりたかったことだと語る室岡さん

 現在の物産では定量評価を重視するなど人事評価などは見直されつつある。だが、こうした過去の経緯もあり、失敗を恐れ、リスクの高い案件にチャレンジする気風が社内に薄いと在籍中の室岡さんは感じていた。「挑戦と創造のDNA」が物産のスローガンで、採用活動でも会社は学生にそうアピールする。だが実際に入ってみると、自己保身にきゅうきゅうとする中間管理職が目に入る。

 そうした空気を懸念する声が社内でもあったのだろう、物産は12年に全社横断型のイノベーション推進室を設置。将来花開く事業モデルの模索を始めていた。

 ただ室岡さんには、それでも生ぬるいと感じた。自分でリスクを取らず、資金にものをいわせて外部の成功例を取り込もうとしている――。こんな憤まんを当時の幹部にぶつけたところ、「そんなにやりたいなら、自分でやれ!」「じゃあ、辞めます!」――。そんなやりとりを経て退社、会社設立に至ったのだった。