本人へのこだわりは、第6条の「市民の役割」の本文でも明らかだ。「認知症になってからも自分らしくより良い暮らしができるための備えをしておくよう努める」と「備え」を強調する。

 他の自治体ではどうか。愛知県の第6条では「県民の役割」として「予防に向けた取組を行う」、島根県浜田市の第5条の「市民の役割」でも「認知症の予防に努める」と記し、「予防」を強調する。

 だが、予防を重視すると、認知症の人たちは「予防しなかったから認知症になった」と責任を問われかねない。一方で「誰でも認知症になる可能性がある」との定説と相容れない。そこで「予防」ではなく、認知症になっても安心な事前の「備え」を打ち出した。

 実は、国が昨年6月に決めた「認知症大綱」で「予防」が大きく喧伝(けんでん)された。従来の「共生」と並び立つスローガンとして躍り出た。これに対して、JDWGの藤田和子代表理事は「予防という語を認知症施策の理念や目的から外してほしい。誰でも認知症になるかもしれないのだから『備え』に変えてほしい。でないと、『共生社会』が後回しになりかねない」と訴え続けている。

「本人第一」の条例を作れたのは
当事者の本音を直接聞いたから

認知症,御坊市
「90歳過ぎてもやりたいことがいっぱい」と話す認知症の女性。得意の筆耕に勤しむ 写真提供:御坊市

 なぜ、御坊市では当事者の気持ちを取り入れることができたのか。「本人さんたちの声を直接聞いたからです」と答えるのは同市介護福祉課の谷口泰之係長。条例作成のワーキング会議にはケアマネジャーや施設職員などとともに認知症の本人が加わり、毎回発言した。そこで「失敗しても気にしないでいい地域になってほしい」「90年生きてきた私だからできることがある。でも私のやりたいことを聞いてくれない」などの思いを聞き出した。ほかの自治体ではないことだ。

 JDWGの藤田さんや当事者による相談窓口「オレンジドア」(仙台市)代表の丹野智文さんも会議に参加し、協力した。昨年11月に開いた4回目の「ごぼう本人サミット」では、本人たちがマイクを手に近況を話した。加えて、谷口さんなど市の職員が自宅や介護現場に赴き、当事者たちの本音を聞き出す試みを重ねてきた。