「ごちそうさま」から広がる共感の輪

――実際にポケマルを利用している人は、どのぐらいいますか?

 2020年4月末の時点で、登録ユーザーは10万人を超えました(編集部注:5月19日には14万人を超えている)。今年2月に比べると、4月の1日あたりの新規登録者数は22倍、注文数は約10倍になっています。

 これまでポケマルを運営しながら感じていたハードルは、2つありました。1つは、「時短社会のなかで、家庭で料理してもらえるのか?」ということ。もう1つは、「スーパーではなく、わざわざ生産者から直接食材を買うのか?」ということです。しかし、コロナでこれらのハードルもなくなりました。みんな自宅でごはんを食べるようになって、外食やスーパーでの買い物を控えていますから。

 コロナの前は「食べることは、生きること」だと言っても、消費者にはなかなか伝わらなかったんです。どんな入り口でもいいので、生産者と直接つながるきっかけができれば、食べものをつくる人の顔が思い浮かぶし、「いのち」の恵みをいただくことの素晴らしさに気づいてもらえる。それが今、一気に広がっている感じですね。

行き場をなくした真鯛で挑む「コロナゼロ」

――出荷できない真鯛5670匹を購入して応援する「5670(コロナゼロ)プロジェクト」が話題になっていますね。

「5670(コロナゼロ)プロジェクト」は、三重県の漁師、橋本純さんがせっかく育てた4万匹の真鯛を飲食店に出荷できなくなり、途方に暮れていたことがきっかけです。飲食店が営業自粛でも、魚や野菜の成長は止められない。生簀で育てられた真鯛は、そのまま泳がせていても「規格外」の大きさになるばかりで、海に放流しても生き抜くことは難しい。大切に食べてもらえてこそ、その命がまっとうできるのです。ならば、コロナの終息を願って、5670匹の真鯛を直接消費者に届けようと。

僕たちは、札束を食べて生きていけない――ポケットマルシェCEO高橋博之氏・特別インタビュー【前編】三重県の漁師、橋本純さんと、彼が育てている真鯛(写真提供:ポケットマルシェ)

 当初、橋本さんは、売れるわけがないと思っていました。漁師さんは尾頭付きの真鯛をそのまま消費者に送るという発想がないので。その予想を裏切り、ポケマルで真鯛は飛ぶように売れている。本人が一番驚いています。市場に出荷するよりも高い値段で売れ、消費者も立派な真鯛が手頃な値段で買えると喜んでいます。両親の結婚祝いに真鯛を贈りたいとか、子どもの入学式が中止になったので、せめていい食材でお祝いしたいとか。やっぱり食べものは、人と人との関係を結びつけていると感じますね。困っている生産者と消費者がつながることで、お互いの困りごとを解決していく。助ける、助けられるという関係性がうまく循環しています。

 真鯛が届いたので、久しぶりに包丁を持って台所に立った人も多いようです。今まで魚の切り身しか見ていなかった消費者が、丸のままの魚を素手で触り、生まれて初めて自分でさばく。命をいただいている実感がしたという人もいて、すごくいい気づきになっています。

 魚をさばく料理は一番手間がかかるし、臭いじゃないですか。つまり、そういう面倒なプロセスは家庭の台所ではなく、飲食店に委ねていたということです。自宅で魚料理をつくるといえば、スーパーで買った切り身の魚を焼くか、煮るくらいですよね。だから、魚の消費量が減って、漁師さんも激減し、日本の魚食文化が衰退したわけです。今回の真鯛プロジェクトは、日本の魚食文化を再生するチャンスだと考えています。ポケマルで5670匹の真鯛を売り切れば、5670世帯の家庭で包丁を持って魚をさばく人ができるということ。これは魚食文化再生に向けた一筋の光になるはずです。

 文化というものは、急ぎすぎるとはぐくまれない。お金をかけて買うものではなく、時間をかけてつくるのが文化ですからね。人間関係もそうです。逆にいえば、これまで急ぎすぎてきた社会で取り残されてきた大切なものが「文化」であり、「食」や「社交」や「愛」なのだと。僕たちは「かかわり」がなければ、「いま」を充実させられない。今回はそれを取り戻すきっかけであり、「食」にはその力があると思います。

(続く)