塚本幸一・ワコール社長 週刊ダイヤモンド1983年6月18日号

「週刊ダイヤモンド」1983年6月18日号に掲載されたワコールの創業者、塚本幸一(1920年9月17日~1998年6月10日)のインタビューである。

 塚本は宮城県仙台市生まれだが、近江商人をルーツとする滋賀県の商家の出身で、“近江商人の士官学校”と呼ばれた八幡商業学校(現滋賀県立八幡商業高校)に学んだ。46年に創業したワコールの前身となる和江(わこう)商事は「江州(近江国、現在の滋賀県)に和す」という意味を持つ。57年にワコールへ社名変更したが、そこには「和江の名を永遠に留める」(=和江留)との思いが込められている。かように塚本は、ルーツである近江に誇りを持ち続けてきた。インタビュー内でも「私は生まれは仙台、育ちは滋賀県、両親も滋賀県の出身」と語っている。

 その一方で、創業の地である京都にも深い愛情を注いだことでも知られる。このインタビューの2カ月前となる83年4月、塚本は京都商工会議所の会頭に選ばれている。それもあって記事では京都の活性化について、熱っぽく語っている。

 当時、794年の平安建都から1200年という節目を11年後に控え、その記念事業の一つとして塚本は、86年のサミット(先進国首脳会議)の京都開催案を提唱していたが、その願いは実らず、東京に開催地をさらわれてしまった。

 また、京都、滋賀、奈良にまたがる丘陵地に文化・学術・研究都市を建設し、関西国際空港の完成にタイミングを合わせて大国際博覧会(近畿万博)を開催する構想も語っている。その11年後の94年10月、「けいはんな学研都市」は都市開きを迎え、「けいはんな学研都市フェスティバル」が開かれたが、当初もくろんでいたような規模ではなかった。

 現在、2025年に大阪で開かれる国際博覧会(大阪・関西万博)に、京都・神戸の両経済界も協力態勢を敷き、準備を進めている。果たして塚本が思い描いたような成果を上げられるだろうか。(敬称略)
(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

建都1200年という節目
眠っていた京都に変革を

1983年6月18日号より

 京都には、11年先に“建都1200年”という、100年にいっぺん回ってくる大きな節目が控えております。100年前の“建都1100年”の頃は、天皇と共に大勢の人々が、それこそ町ぐるみの移動といってもよいほど、京都から離れていきました。

 従って京都は中心を失ったわけで、大変な危機に見舞われました。そのようなときに、“京都1100年祭”が開催されたのですが、その頃の先輩たちは、天皇のいなくなった後の京都の都市づくりのために、いろいろと努力し、さまざまなプロジェクトを進めました。