コルシカ島の歴史

フランス,コルシカ島
ジェノヴァ時代に築かれたカルヴィの町 ©iStock

●古代から中世へ
 ヨーロッパ大陸から近い距離にあり、天然の良港をもつ地中海の島コルシカ。その地理的条件により、古くから沿岸諸国の海洋交易の中継地となり、支配者が変遷していきました。紀元前3世紀にはローマ帝国の支配下に置かれ、いくつかの都市が建設されています。

 ローマ帝国が分裂し支配力が弱まると、海賊や異教徒による襲撃を受けるなど、不安定な時代が続きますが、1077年、都市国家として栄えていたピサ共和国(現在のイタリアのピサ)の統治下に置かれることになりました。

 13世紀まで安定した時代が続きましたが、ライバル的存在でもあったジェノヴァ共和国が、沿岸地域にカルヴィなどの城塞都市を建設、支配するなど、その勢力を広げていきます。

 1284年、ジェノヴァ共和国はピサの艦隊を破り、勝利します。その後500年にわたり、フランスが部分支配した一時期を除き、コルシカはジェノヴァの支配下に置かれました。

●コルシカ独立戦争
 ジェノヴァ領時代、その抑圧に対する反乱がたびたび起こるようになります。その都度、鎮圧されてきましたが、1729年に勃発した独立戦争は、1769年に完全に集結するまで続き、「40年戦争」とも呼ばれています。

 この独立戦争は、もともと小さな反乱から勃発したものでしたが、島民の間に広がっていた啓蒙思想の影響もあり、次第に規模を拡大していきます。当時のジェノヴァはかつての勢いを失い、その蜂起を抑えることができませんでした。

 1755年には、亡命先から帰ったパスカル・パオリ(1725~1807年)によって、独自の憲法草案が作成され、コルシカ共和国の誕生が宣言されました。

コルシカ独立運動,パスカル・パオリの像
コルシカ独立運動の英雄パスカル・パオリの像

●フランス領へ

フランス,コルシカ島,ポンテ・ヌオヴォ
最後の戦いの舞台となったポンテ・ヌオヴォ ©iStock

 独立の機運が高まるなか、すっかり経済力を失っていたジェノヴァは、1768年、フランス王国との間にヴェルサイユ条約を結び、コルシカ島の領有権を譲渡します。これに憤ったパオリたちとフランス軍との間で、戦争が始まりました。フランス軍に勝利することもありましたが、その戦力の差は歴然としており、1769年、ポンテ・ヌオヴォの戦いで敗れた後、パオリは英国に亡命。コルシカはフランスの領土となりました。