AIカメラの導入から始めたトライアルですが、カメラでの観察だけではなく、スマートショッピングカートの導入によって顧客体験が変わったことが、自分たちの変化にもつながっていると永田氏は言います。顧客をしっかり持ち、顧客が変わっていく様子を、まざまざと見ることで、自分たち自身が変わり、ポジティブなループとなっているというのです。
永田氏は小売業におけるDXに重要な点として、「テクノロジー先行ではなく、現場オペレーションのPoC(Proof of Concept:コンセプト実証)をすばやく回すこと。別の言葉で言えば、レトロフィット(古い仕組みに新機能を付加して改良・効率化すること)」を挙げています。
「クレイトン・クリステンセンの著作(『イノベーションのジレンマ』、翔泳社刊)に、“イノベーションの流れはオモチャのようなものから始まる”という話があります。私はそれをシリコンバレーで体感しました。一番分かりやすい例がドローンです。ドローンは圧倒的に世の中を変えてくれるものだと誰もが認識していますが、法的な障壁もあって、業務の現場にいきなり導入するには日本ではハードルが高い。
AIカメラや(レジなし無人店舗の)『Amazon Go』もドローンと似たようなものです。となると、スマートショッピングカートのように、比較的導入が容易なものから少しずつ取り入れるべきなのです。日本では特に、レイトマジョリティ(新製品やサービスの導入に消極的な層)が多い。そういう人たちにも受容していただけそうなものとして、スマートショッピングカートにたどり着きました」(永田氏)
日本では顧客が可視化できていない、もう少し分かりやすく言えば、「顧客の課題が、自分たちのプロダクトやサービスで改善したり解決したりした」ことを知る体験を持っていない人、企業が多いです。だから、自分たち自身が「さらにプロダクトを磨き込もう」「良くしていこう」というモチベーション向上へのつながりが、希薄なのではないかと思います。極端なことを言えば、顧客にどう使われているのかを知らないのに「作れ」と言われて、一部だけ作る、一部だけの業務を担当するというようなケースも多いのではないでしょうか。
一方トライアルでは、従業員がリアルな店舗で実際に顧客が新しい買い物体験をしている姿や、データ上でも来店頻度向上などの顧客の変化を把握できています。これは、あらゆる施策が「顧客体験」を中心に設計されており、DXの場(店舗)とDXの手段(IT技術)の両方を持つ同社ならではの形です。
そして店舗運営担当者もIT部門担当者も共通言語で話し、同じ価値基準で顧客と向き合えるからこそ、自ら変革を進められたのではないでしょうか。
(クライスアンドカンパニー顧問/Tably代表 及川卓也、構成/ムコハタワカコ)