共通言語を持ち、意思疎通を図れるようにすれば、文脈が共有され「何を作るか」が明確になります。日々の開発で「ここがうまく動かない」「ここはこうしたい」といった場合でも、言語が定義されており、その言語しか使わないようにすれば、開発者とユーザーとの間で誤解が生じることはありません。

 共通言語を持つことは、ソフトウェア開発の場面だけでなく、企業や組織文化の共有においても有効です。永田氏によれば、トライアルでは価値基準の共有のために、課題図書を管理職に読んでもらうとのこと。同じ書籍を読むことを通じて、従業員が共通言語を持つことで、企業としての価値基準の統一を図っているのです。

 外資系企業では「ブッククラブ」と呼ばれる集まりが社内にあり、同じ本をリーダークラスの全員で読み、輪読会のようなことを行ったり、感想を共有し合ったりということが行われています。すると参加メンバーは、その本を全員が読んだことを前提に話ができるようになります。

 私が経験した例では、リーダーシップやマネジメント、チームのあり方に関する本が多かったですが、そうしたものに限らず、全員が読んだ本に書いてあることを前提に、マネジメントの方法などについて「こうしようか」「ああしようか」と議論できるようになるというのが、こうした試みの効用です。

 実際にトライアルでも10年以上前から、本を合わせて読む取り組みが行われているそうです。

トライアルグループRetail AI 代表取締役社長の永田洋幸氏トライアルグループRetail AI 代表取締役 永田洋幸社長 Photo by M.S.

「当社はジェフリー・ムーア氏からコンサルティングを受けているので、彼の著作『Zone to Win』(邦題『ゾーンマネジメント』、日経BP刊)を管理職全員が読んでいて、書籍の中で使われている単語やフレーズは、日常的に会話で用いられるほど、社内に浸透しています」(永田氏)

 共通言語があることで「我々は『ゾーンマネジメント』でいう4象限のどの部分の話をしていて、それがポートフォリオ分析ではどの象限に当たるという認識も共有でき、『問題児(ポートフォリオ分析では市場成長率高・市場シェア低の象限)にリソースをつぎ込むのがうちの文化なんだ』という理解も早い」と永田氏は話しています。

 永田氏のお話を聞いていて、この点でもトライアルのやり方は、世界的なプラットフォーマーがやっていることと、すごく共通するところがあると感じました。

スマートショッピングカートによる顧客体験の変化が
マインドセットの源泉に

 もう一つ、永田氏に取材して強く感じたのは、トライアルでは「顧客が従業員のマインドセットの源泉になっている」ということです。「顧客の課題を解決したこと」「顧客がサービスを使って価値を享受していること」を見ることによって、「自分たちの方向性が間違っていない」「さらに加速させよう」とモチベーションの向上につながっているのではないかと思います。

 永田氏は「店舗従業員には7~8年前に自社開発の携帯端末によって発注や労務スケジュール管理を各自で迅速にできる環境を整えました。これは働き方改革の一環として行ったことです。このように我々自身の働き方をアップデートすることは重要です。しかし、最も注力すべきは「顧客体験を変える」ことです。これは、ジェフリー・ムーア氏から直々にいただいたアドバイスです。「顧客体験が変われば産業全体が変わる」ことを信じて、スマートショッピングカート等でお客様に新しいお買い物体験を実感していただくことを今は最優先に行っています」と語っています。