中学受験マンガ『二月の勝者』とコラボした『中学受験生に伝えたい 勉強よりも大切な100の言葉』が現在話題の教育ジャーナリストのおおたとしまささんと、『中学受験 大学付属校合格バイブル』の著者で中学受験カウンセラーの野田英夫さん。今、話題の本の著者であり、長らく中学受験業界を見てきたお二人に、「中学受験」の最近の傾向や、人生への生かし方についてお聞きしました。第二回は、ここ数年顕著な、「大学付属校ブームについて」。(構成 井上敬子)

【中学受験】大学付属校こそ教育改革の目指すべき姿?

――ここ数年、中学受験では「大学付属校」人気が高まっていますね。今回、野田先生は「大学付属校」に特化した初めての受験ノウハウ本「中学受験大学付属校バイブル」を出されたわけですが、おおたさんは2017年に「大学付属校という選択」という新書を出されていますよね。

おおた 当時から、2020年の大学入試改革の不透明さを回避するため大学付属校の人気が上昇していたこともあるんですが、そもそも、大学入試改革が目指す教育をすでに実施している学校が「大学付属校」なんじゃないかという思いがあったんです。

野田 なるほど!確かにそうですね。

おおた 大学入試改革の最終的な到達点っていうのは、探求型学習などを重視し、脱ペーパーテストで評定平均などを通じて大学に行けるようにするという話だから、要は、内部推薦で大学に行ける付属校は、大学入試改革の理想論をすでに実践しているんですよ。この改革を全国一律で文科省が実現するのは、なかなか難しいだろうとは思っていましたが、理念の方向性自体は正しかったと思います。

野田 もともと、「高大連携」という意図もありましたしね。

おおた そうですね。大学付属校は、大学入試のための受験勉強が過激化していく中で、その風圧から子どもたちを守ってくれるいい意味でのガラパゴスみたいな環境だと思うんです。どっちが本質的な教育かと言うと、僕はそっちの方が本来あるべき姿なんじゃないかと思います。

野田 大学受験だけを目的とした勉強をしなくてよい分、子どもが自分の可能性を思う存分伸ばすことができますよね。学歴も武器にならず、就職した会社がずっと存続するかどうかも分からない時代には、「生き抜く力」をつけることが一番大事。それができるのが大学付属校だと思うのですが、世間一般にはエスカレーター式でラクだとか、将来の可能性を狭めるとか、そういう見方をされることがまだ多い。

おおた そうなんです!「受験勉強のような苦行に耐えることで人間は成長するんだ」みたいなことを言う人はいまだすごく多い。大学受験勉強は現代の兵役か?みたいな。

野田 その価値観は根強いですね…。

おおた もちろん努力することは大事ですが、みんながみんな「受験勉強」のフォーマットでなくていいのではと思うんです。トップは東大という価値観のもと、みんな同じやり方でそこを目指すのはおかしいなと。みんながサッカーのJリーグのユースでしのぎを削る必要はないのと同様、得意な子だけが目指せばいいものだと思うんです。

野田 本当にその通りですね。

おおた サッカーでも習い事でも、楽しいだけの時期を過ぎると、どうしても努力なしには越えられない壁が現れる。そこで止めちゃうこともあるだろうし、それを乗り越えることによって、ただ楽しいだけじゃない達成感に気づくこともある。そういう経験は、自分の興味のあることを一生懸命やっていれば、人生に必ずいつか訪れるはず。受験勉強で「壁」をお膳立てするのはナンセンスだと思うんですよ。

野田 それこそ社会へ出たら「壁」だらけなわけですからね。

おおた でも受験のシステムの中で成功してきた人たちが社会での発言力を持っているから、なかなか変わらない。自分の体験を否定できないんでしょうね。

野田 それが中学受験に降りてくると、偏差値60以下の学校は意味がない、みたいな発言になる。大学受験の構造がそのまま中学受験にもあてはまりますね。

おおた 中学受験で、御三家の中学に行ける人なんて1000人ちょっとしかいないのに、何万人もの中学受験生が、御三家を最高峰とした序列の中で同じ勉強をさせられている。たまたまできる子がそこを目指そうというなら分かるけど、みんながまずそこを目指しましょうっていうのが、そもそもおかしいですよね。

野田 そうなんですよ。正直なところ、たとえば御三家の開成などに受かる子って、塾に行かなくても受かるような子が多い。でも、大手進学塾は、「御三家に合格させるためのカリキュラム」になっているから、ほとんどの「普通の子」はついていけないんです。

おおた 今回の野田先生の本で、進学校と付属校は入試問題の質も違うと書いてありましたね。

野田 御三家のような進学校と付属校の問題を比べると、付属校の問題のほうが素直で易しいんです。なので付属校は早慶レベルであっても「普通の子」でも受かるし、努力が実りやすい。だから私はそこに照準をあてた塾を経営しています。

おおた 問題の傾向まで違うとは驚きましたが、そもそも、子どもにどういう教育を受けさせたいかと考えた時に、大学受験を前提とした学校を選ぶのか、もう受験勉強に時間を取られない前提の学校を選ぶのかというのは、まったく意味が違いますよね。それなのに、進学校と大学付属校を偏差値が同じくらいというだけで併願するのはおかしいというのは非常に共感しました。

野田 そうですね。どういう教育を受けさせたいのか、を考えて進学校か大学付属校かを選ぶべきです。いずれにしても、中学受験でも、本当に努力して乗り越えた子は、「耐性」が強くなるのは確かです。

おおた それはまさに、今重視されている「非認知能力」があがるということですね。僕自身も、今、大学入試の問題は解けないし、学力は昔より絶対下がっているけど、当時に比べて今の自分の方が愚かかって言うと、そんなことはない。

知識や点数を取る能力っていうのは瞬間最大風速的でしかない水ものですが、その経験自体は確実に積み上がって「非認知能力」があがっていく。もっとも、それは、受験でしか得られないものではないですが、子どもの将来にとって非常に大事な要素になると思います。