菅新政権で業界震撼!地銀、携帯だけじゃない「スガノミクス」の全貌自民党の新総裁に選ばれた菅義偉氏(右)と辞任を表明している安倍晋三首相(2020年9月14日) Photo:JIJI

第2次以降の安倍晋三政権で7年8カ月余にわたって官房長官を務めた菅義偉氏が9月16日、第99代内閣総理大臣に選出される。新首相は「改革志向」が強い政治家で知られ、政策を具体的に語る点が最大の特徴だ。今回の自民党総裁選でも、地方銀行の統合・再編、携帯電話料金の引き下げ、不妊治療の保険適用、デジタル庁創設などを矢継ぎ早に掲げた。押さえておきたいのは、政策の方向性に大きな特徴がある点だ。どんな分野に関心があり、どのような改革を進めていくのか。菅氏の発想や視座を読み解き、規制改革に基づく「スガノミクス」を徹底解剖する。(政治ジャーナリスト 紀尾井啓孟)

菅氏が掲げた「縦割り行政打破」
その典型例が神戸ビーフ

「縦割りはほんま厄介ですわ。いっこうに輸出ができない。厚生労働省の認定が下りない。施設ができて2年半も時間が過ぎた。それが、菅官房長官に言うたら、すぐですよ!2週間か3週間待たないうちに(厚労省から)ゴーサインが出た」

 総裁選が告示された9月8日、菅氏の出陣式に牧場を経営する男性が登場した。兵庫県宍粟市で黒毛和種「神戸ビーフ」(但馬牛の最高峰)の肥育を行っている谷口隆博氏である。

 神戸ビーフは2012年以降、40カ国以上に輸出され、その肉質と味は世界中で絶賛されている。もともと兵庫県内には輸出用の食肉処理施設がないという問題があったが、農林水産省の後押しで17年4月、姫路市内に処理施設が完成した。地元の生産者は、世界最大の牛肉消費国である米国への輸出に意欲を見せたが、立ちはだかったのが検疫などを理由に許可を下ろさない厚労省だった。許可が下りるまで、この極上のブランド牛は、わざわざ鹿児島県まで十数時間かけて輸送された後、米国に輸出されていた。

「最高の状態で食べてもらいたい」「輸送中にストレスで牛は痩せてしまい肉質が落ちる」「なぜ施設を使えないのか」

 生産者の無念を知った菅氏がすぐさま動いた。結果、厚労省の許可は19年5月に下りた。谷口氏は壇上で感謝の気持ちを何度も示し、「菅官房長官やないとできません。菅官房長官しかおらへん!」と強調した。

 これが総裁選で菅氏が掲げた目玉政策の一つ、「縦割り打破」の一例だ。パンフレットにはわざわざ「なかなか進まない政策課題は大体、『役所の縦割り』が壁になっているものです」と記している。

 菅政権では今後、「官」の理屈や規制のせいで、「民」の努力が報われず、成長が阻害されている分野、案件に対する改革や改善が行われていく。神戸ビーフはまさにその典型である。

「地銀再編」と「乗り合いバス」は
同じ土俵で語られる

 地方銀行の統合や合併を独占禁止法の適用除外とする特例法が11月に施行される。金融庁が地銀の事業計画を審査し、金融サービスの維持につながることなどを条件に認可するという中身だ。特例法施行を前に、全国で地銀再編の流れが急速に強まっているが、そもそも、政府内で地銀再編という“イシュー”がどのように表に出てきたのか。鍵を握っていたのはもちろん、菅氏である。

 18年8月、公正取引委員会が長崎県の親和銀行を傘下に置くふくおかフィナンシャルグループと同県の十八銀行の統合を認めた。2年以上もかかってようやく承認された案件だ。

 公取委が「寡占化」を理由に地銀の動きを阻害している。公取委の判断に何年も翻弄され続けるのはおかしいのではないか――。官の理屈が民の経済活動を妨げるという、菅氏が最も忌み嫌うケースだった。

 事態は8カ月後に動いた。19年4月3日、首相官邸4階の大会議室で、26回目となる「未来投資会議」が開催された。テーマは「地銀・乗合バス等の経営統合・共同経営について」。公取委が目を光らす寡占化と関わりのある業態として、地銀と乗り合いバスがセットで議論の対象となった。意外に思った方は多いだろう。地銀の再編劇を注視しているだけでは、新政権の方向性はつかめない。起こっている問題、抱えている課題の根底に「官」の問題があるとみて、規制改革や法改正、手続きや意思決定プロセスの改善に乗り出していく。これが菅氏の基本姿勢だ。

【記事後半では気になる3つのポイントをさらに深掘り解説】
・「スガノミクス」で改革が加速する16業界・テーマを列挙
・菅氏がぶち壊したがっている“岩盤規制”の筆頭格の正体
・菅新政権の出方を探るためには必読の「公開情報」とは?