70、80代の人たちに、「あなたの今の目標は何ですか?」と聞くと、かなりの数の人が「いい施設に入ること」と言うんですよ。要は子どもに迷惑を掛けたくないから、施設に入りたいと。

 でも、本人は本当にそんな最期を望んでいるんでしょうか。「安全であること」と「本人がやりたいこと」には乖離があります。医学的に正しくても、自由が奪われてしまいますから。

――もともと自由よりも安全が優先されていたのが、コロナでさらに拍車が掛かってしまったんですね。

 職業柄、行きたい場所に行けず、食べたいものを食べられず、やり残した思いを持ったまま死んでいく人をたくさん見てきました。

 コロナ禍で行動を制限する人が多いですが、今こそわずかな願望を一つ二つかなえることが、人生最期の彩りになり、ご遺族へのケアにもなるでしょう。

「死」を無理やり遠ざけてはいけない
終末医療と宗教の関係性

――終末医療と宗教は、切り離せない関係なんでしょうか。

 心臓が止まるまでがお医者さんの仕事で、そこからが私たちの仕事です。しかし、その間にはかなりの断絶があるのが現実です。

 医療は治すことが前提なので、死=敗北。アンタッチャブルなものなんです。

 ですが当然、人には寿命があります。最期を見届け、医療の限界を知ることも重要な教育だと思います。実際に米ハーバード大学の医学部では、死期を待つ患者に数日間張り付いて、最期をみとる研修があるそうです。

――コロナ禍になってから、世代に関係なく死を身近に感じるようになりました。

 死を身近に感じることは、ある意味いいことだと思います。