オンラインサロンがもてはやされ、大手メディアもサブスクリプションの採用を始めるなど、現在、メディアの世界には大きな変化の波が押し寄せています。しかしその一方で、読者をつなぎとめておくための日々の運用に疲弊しているメディアも多いのではないでしょうか。一方通行の情報発信メディアから、読者コミュニティとともに成長する双方向型のメディアのあり方を「コミュニティメディア」と名付け、取材していく本連載。『ローカルメディアのつくりかた』などで知られる編集者の影山裕樹さんがレポートします。今回取り上げるのは、映画監督の遠山昇司さんらが生み出したアートプロジェクト「水曜日郵便局」。見知らぬ人と「手紙」を交わすというこの一風変わったプロジェクトから見えてきた、マスメディアが見失いがちな「メディアの本当の役割」とは? コミュニティメディアが持つ可能性の核心に迫る、連載第9回。
1万4000通以上の物語が集まった「水曜日郵便局」とは?
新型コロナウィルス感染症の影響で、飲み会も帰省もオンラインにせざるを得ない昨今、離れていながらもつながっている感覚を得られるメディアの一つが「手紙」だ。実はこの「手紙」というメディアの特性を生かした、一風変わったアートプロジェクトが存在する。それが「水曜日郵便局」だ。
熊本県南部の小さな海辺のまち、津奈木(つなぎ)町にある廃校を舞台に、「つなぎ美術館」のプロデュースによって2013年に「開局」した赤崎水曜日郵便局は、水曜日だけ開く架空の郵便局。ここに「水曜日にまつわる物語」を書いて送ると、知らない人の「水曜日にまつわる物語」が送られてくるというのがこのプロジェクトだ。
全世界どこから誰でも手紙を送ることができるため、遠く離れた人と人が不思議な共犯関係を共有することができるこのユニークなアートプロジェクトは、メディアでも多数紹介され、2017年は宮城県東松島市にて「鮫ケ浦水曜日郵便局」も開局。二つの水曜日郵便局に国内外から届けられた手紙は、合計1万4965通にも上った。
2016年には書籍『赤崎水曜日郵便局』(KADOKAWA)が、2018年には小説『水曜日の手紙』(同)、絵本『水曜日郵便局 うーこのてがみ』(同)が立て続けに出版。お互い知っている人同士が手紙を送り合う文通と違い、実用性はないが、知らない人どうしが刹那的につながるという、その不思議な叙情性と、遠く離れた見知らぬ人の日常への想像を掻き立てる仕掛けで多くのファンを生み出した。
なぜ、マネタイズや持続可能性に関するノウハウではなく、あえて“メディアを活用したアートプロジェクト”を本連載で取り上げるのか? それは、「情報発信媒体としてのメディアから、コミュニティに根差したメディアへ」というメディアを取り巻く大きな変化を語るうえで、4大マスメディア(テレビ、新聞、ラジオ、雑誌)の方法論に囚われない、メディアを活用した自由なアプローチの仕方があることを、読者諸氏に知ってもらいたかったからだ。
海に浮かぶ小学校に生まれた架空の郵便局
この水曜日郵便局を生み出した映画監督の遠山昇司さんは、『NOT LONG, AT NIGHT 夜は長くない』『マジックユートピア』などの映画で出身地である熊本を撮りつづけてきた人物だ。その映画のロケハンで、「赤崎水曜日郵便局」の舞台となる旧赤崎小学校に訪れたことがあったという。
「こういう面白い場所がある、と紹介されたんです。海に浮かんでいる日本で唯一の小学校。とても魅力的な場所でした。その後、この廃校を活用したアートプロジェクトを模索していたつなぎ美術館から依頼があって、改めて訪れることになったんです」(遠山さん)
映画監督の遠山さんは、風景から物語を考えることが多いという。海のうえにポツンと浮かぶ小学校。しかも、住所が面白かった。「熊本県葦北郡津奈木町福浜165番地“その先”」。魅力的なロケーションと不思議な住所。この二つを生かしたアートプロジェクトを生み出したい、と遠山さんは考えた。
「そこで自然と、郵便の仕組みを使うことを思いつきました。でも、本物の郵便局を作ることは我々にはできない。だったら架空の郵便局を作って、この場所に手紙を送ることができるようにすればいい」(遠山さん)
さらに、「水曜日のみ開局する」というルールを決めた。そこに、参加者は思い思いの水曜日の物語を送る。すると別の人の水曜日の物語が届く。特設HPも水曜日にしか閲覧できないようにした。水曜日に焦点を絞った理由は、「1週間のうち一番なんでもない“日常”の日だから」と遠山さんは語る。