ディテールよりも
全体を知ることが大事

入山:ニューヨーク州立大学ビンガムトン校に、「動的ネットワーク理論」「集団行動学」「計算社会科学」など複雑系科学の研究をしている佐山弘樹教授(早稲田大学商学学術院教授でもある)がいます。

佐山教授は、世の中のさまざまなつながりを物理的な理論やコンピュータサイエンスを使って分析をしています。

佐山教授によれば、「全体がこうつながっている」ということは説明できても、「なぜ、そうなっているのか」はなかなか説明できないそうです。

出口:アルファ碁(コンピュータ囲碁プログラム)も同じですよね。アルファ碁が「なんでこの手を打ったのか」、そのプロセスを説明することはできません。僕は最初、「アルファ碁が強いのは、「コンピュータが細かい計算ができるからだ」と思っていました。けれどそうではなくて、アルファ碁の強みは「ディテールより大局観」にあります。アルファ碁は序盤の大局観が圧倒的に優れているのです。

それはなぜかというと、何万局、何十万局とアルファ碁同士で対局しているからです。人間の脳は疲れやすいので、一生かけてもせいぜい1万局。だからおそらく永遠にアルファ碁の大局観が人間には理解できないのです。

入山:なるほど。

出口:『哲学と宗教全史』は、どちらかといえば、古代ギリシャから現代までの歴史を中心に書いてきたので、AIについて触れた部分は少ないのですが、AIについて考えることは人間の脳の仕組みを考えることであり、人間という存在を考えることです。

結局は「脳が人間のすべて」と考えることもできるので、これからの経営理論の領域には、経済学と心理学と社会学のほかに、脳科学や神経科学も含まれてくるのかもしれませんね。

入山:おっしゃるとおりで、じつは少しずつ、神経科学が入ってきています。

「アカデミー・オブ・マネジメント(米国経営学会)」という世界最大の経営学会の中に、新しくニューロサイエンス部門が立ち上げられました。僕もそのメンバーになっています。経営学の分野でも、ニューロサイエンスの視点を生かした研究がこれから進んでいくと思います。

(第9回に続く)