世界1200都市を訪れ、1万冊超を読破した“現代の知の巨人”、稀代の読書家として知られる出口治明APU(立命館アジア太平洋大学)学長。世界史を背骨に日本人が最も苦手とする「哲学と宗教」の全史を初めて体系的に解説した『哲学と宗教全史』がついに10万部を突破。先日発表された「ビジネス書大賞2020」の特別賞(ビジネス教養部門)を受賞した。だがこの本、A5判ハードカバー、468ページ、2400円+税という近年稀に見る本だ。
一方、『世界標準の経営理論』も売れに売れ7万部を突破。だがこの本はさらに分厚く832ページ、2900円+税。
2冊で合計17万部! 薄い本しか売れないといわれてきた業界でこれはある種“事件”と言っていい。なぜこの「分厚い本たち」が読者の心をとらえて離さないのか。その疑問に応えるべく極めて多忙な2人の著者が初の特別対談を行った。(構成・藤吉豊)
細かいメカニズムを解明しても、
「全体」の理解にはつながらない
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶応義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。 著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社)がある。
Photo by Aiko Suzuki
出口:僕は、学者の仕事は2つあると思っています。
一つは、最先端の研究を行うこと。もう一つは、最新の研究成果を一般の人に広く伝えることです。
日本には、専門的な知見を持つプロのライターが少ないため、最新研究をわかりやすくかみ砕いて伝えることも、学者の重要な役割である気がします。
入山:おっしゃるとおりです。出口さんが『哲学と宗教全史』を書かれたのも、これまで歴史と哲学と宗教を体系化した人がいなかったから。学問と一般社会をつなぐ人が他にはいなかったからですよね。
出口:はい。だったら、自分で書いてみようかと。学問でも大学でも、社会から遊離したものは長生きできませんよね。最新研究成果は、やはり広く社会に知られるべきだと思います。
入山:出口さんは『哲学と宗教全史』の中で、次のように書かれています。
「20世紀の哲学の世界では、これは私見ですが、カントやヘーゲルのような大山塊(だいさんかい)は築かれませんでした。哲学や宗教にとっては、20世紀は分断の時代であって統合の時代ではなかったように思われます」
出口:ええ。カントやヘーゲルが統合できたのは、世界のことが詳しくわかっていなかったからです
細部がわからなかったから、簡単に森を描けたのだと思います。
ところが科学が進み、森の木の1本1本のディテールが明らかになるにつれ、「とても一つの森にはできない」ことに思い至ったわけです。
入山:現代の自然科学は要素還元主義なので、分解して、分解して細かいメカニズムを解き明かす傾向にあります。経営学もそうです。細かいメカニズムを解明し、それが積み上がっていくと全体が説明できるだろうと考えます。
ですが、現実はそう簡単ではありません。素粒子論を全部理解したからといって、全体が描けるかというと描けませんから。