足もとの自殺の傾向を知る上で、最も注目されているのが、警察庁の自殺統計のデータである。これを見ると、今年8月から顕著に自殺者数が増えていることがわかる。8月の自殺者は全国で1854人。昨年同月比で251人、16%増加した。男女別では男性が6%増だが、女性は40%も増えている。特に30代以下は、70%強も増えた。中高生、大学生とも過去10年の8月では、過去最多になっている。中でも、高校生は顕著だ。

 2015年版の『自殺対策白書』によれば、18歳以下の自殺者で過去40年間の日別自殺者数を見ると、最も多い日は「9月1日」だった。そのため、毎年のように各メディアが「9月1日問題」を報道している。この日は夏休み明けを示しているが、学校が再開することによって精神的負担を感じる生徒が多いことも考えられる。

8月の自殺者増加は「9月1日」の前倒し?
それだけでは説明できない

 ただし、今年の場合はコロナ休校があったので、夏休みが短かかった。そのため、8月に自殺者が増えたのは、「『9月1日問題』が早まっただけではないか」との見方もある。しかし、なぜ男性ではなく女性の自殺者が急増したのかについての説明にはならない。

 別の見方もある。鷹野さんと三浦さんが亡くなった7月は、自殺者数は過去3年間の平均よりも25%増加した。8月は、『ブラッディ・マンデイ』の共演者3人が自殺をする9月の前であり、その影響は加味されていない。三浦さんの自殺、もしくはその報道の影響が、8月の自殺者を増やしたのだろうか。

 実際、有名人の自殺、またはその自殺に関連した報道が自殺の連鎖を呼ぶケースはある。後追い自殺や模倣自殺が起きることを「ウェルテル効果」といい、これはゲーテの『若きウェルテルの悩み』に由来する。主人公は最終的に自殺するが、これを読んだ当時の若者たちが自殺をしている。

 日本でも、自殺の連鎖を生んだ作品があった。江戸時代の人形浄瑠璃で、近松門左衛門の『曽根崎心中』だ。結婚に反対された男女が、最後に心中をして、来世で一緒になることを誓うというストーリーだ。当時の「心中もの」の代表作である。

 この作品の影響で、現実でも心中が連鎖した。そのため幕府は、「心中もの」上演を禁止した。実際に心中をして2人とも生き残った場合は、晒し者として、市民権を剥奪された。1人だけ生き残った場合は、殺人罪としていた。それでも、心中は相次いだと言われている。