羽生 倫理を横に置いて技術が先行してしまう典型的なケースだと思います。

養老 AIに限らないけれど、先端技術でもって生き物を扱うと、「こうやると、こうなる」を続けた先に、「あれ、やっちゃった!」ということが出てくるのは十分にありうること。そうなってからじゃ、どうしようもない。究極的に言えば、人間にその技術を使っちゃったら、後戻りができないです。

羽生 でも、人間はやってしまう……誰かがパンドラの箱を開けちゃうんですよね。

養老 そうすると、とんでもない混乱も生まれるでしょうね。「人造人間の奴らをぶっ殺せ」とかね。見た目は見分けがつかないから、訳のわかんない話に発展しかねない。

「アルファ碁」勝利のインパクト

羽生 2016年に韓国の囲碁棋士、イ・セドルさんが、人工知能「アルファ碁(AlphaGo)」に敗れたというニュースが流れました。アルファ碁はすごいインパクトで、劇的に人間とAIが逆転したんだ、という歴史的瞬間の印象がありましたね。

 私は将棋のソフトの進展を横目に見てきましたから、機械学習の威力は感じてきたし、いずれ追い抜かれるというのは、もちろん予想はしてたんです。けれど、囲碁のトップ棋士は5年から10年は負けないだろうと、ある程度AIなり、囲碁ソフトなりに通じている人たちの中では囁かれていましたので。

 私はその対局の1カ月前に、NHKの番組の取材で、アルファ碁を開発したデミス・ハサビスさん(ディープマインド社CEO)にインタビューをしていたんです。それに、対局の2週間前には、イ・セドルさんがソウルで開いた記者会見にも足を運びました。ロンドンのハサビスさんとも中継でつながっていて、その現場に大勢集まった取材陣までもが、「そんなまだ負けるわけないよ」というような見立てでした。その一方で、ディープマインド社の面々は、もうヨーロッパチャンピオンを負かしているから、内心は自信満々の雰囲気で、AIに対する温度差と時差が感じられて、興味深かったですね。

 もちろん将棋界も、当初は棋士たちの中にAIに対する抵抗感はありましたよ。今でも全然ないとは言いません。でも、囲碁界に比べると、将棋界の方がAIを受け入れる段差はゆるやかでした。強い棋士が負けたり、ときどき勝ってみたり、ちょっとずつ段階を踏みながら追い抜かれていった歴史がありますから。徐々に受け入れていく時間的猶予があったというか。「ああ、やっぱり人間は負けるんだ」という事実を受け入れていくときに、時間という要素は非常に大事なんだなとは思いますね。

 だから、一般社会で考えてみても、ちょっとずつ、ちょっとずつ、仲間入りさせていくソフトランディングの方が、受け入れやすいと思います。

 ただ、囲碁界も今や、アルファ碁に敗れたときのような衝撃や抵抗感はある程度拭われて、意外と早くAIがある世界にシフトしたような印象もあります。だから、AIに置き換えられるところに関しては、いきなりバッと変えてしまう形になったとしても、人間は意外と早くモードを切り替えられる可能性もあるなと思いました。