周りを見渡すと、不機嫌な表情を浮かべている高齢者が、なんと多いことか。社会に、政治に、隣人に、そして伴侶に、さらには飲食店の店員にさえ、不満をぶつけたりする光景に出くわすこともある。かつて一流企業に勤めていたとか、どこそこの会社の部長だったとか、そんなことは現役を退いたら関係なくなる。何歳になろうと、人生を楽しみ、人生を謳歌すべき。どんな肩書きも外して、『死ぬまで上機嫌。』がいちばんいいのだ。
人生は考え方次第で、上機嫌にも、不機嫌にもなる。嫌な思いをしたとしても、「ま、いいか」「それがどうした」「人それぞれ」と思えば、万事解決。どんな状況を目の当たりにしても、「こういうこともあるだろう」と鷹揚に受け入れられる自分でいたい。『島耕作』シリーズ、『黄昏流星群』『人間交差点』など、数々のヒット作を描いてきた漫画家・弘兼憲史氏が「そのとき」が来るまで、人生を思う存分まっとうする上機嫌な生き方、心のありようを指南する。(こちらは2020年11月19日付け記事を再掲載したものです)

漫画家・弘兼憲史が教える最善の選択Photo: Adobe Stock

「媚びない」と「嫌われない」を両立させる

知っておかなければならないのは、高齢者の前向きな姿勢を温かく受け入れてくれるほど、世間は甘くないということです。

世の中、高齢者にやさしい人ばかりではありません。

むしろ高齢者は疎んじられる存在なのです。

高齢者は、働かずにお金を使う、見た目が汚くて醜い、がまんがきかず切れやすい……。

ちょっと悲しいですが、現実にはさんざんな思われようです。

だからといって、文句をいっても始まりません。

自分だってその昔は、年寄りの気持ちなどこれっぽちも考えずに、若さをただただ謳歌してきたのですから。

自分が高齢者になってみないと、高齢者の本当の気持ちなんてわかりません。

人間というのは、そういうものです。

ただでさえ高齢者は嫌われやすい。
まずは、そう自覚する。重要なのは普段から嫌われないように心がけることです。
僕自身、できるだけ「嫌われないじいさん」になろうと努めています。

例えば、病院に入院中の二人の高齢者がいるとしましょう。

Aさんは、看護師のいうことをまったく聞き入れず、何かにつけて「ああだこうだ」と病院側の対応に正論めいた文句をつけています。

現役時代に大手総合商社のエリートサラリーマンだったという自負もあり、過去の自慢話をすることもしばしばです。

一方のBさんは人当たりがよく、看護師さんにも丁寧に接しています。

「○○さん、いつもありがとう」「少しは自分が休むことを考えてくださいね」などと、ことあるごとに重労働の看護師さんを気遣い、労いのやさしい言葉をかけています。

さて、ある日同時にAさんとBさんが危篤になりました。

病院には人手が足りず、二人を同時にケアする余裕はありません。

果たして病院側はどちらを優先的に治療を受けさせようとするでしょうか?

いうまでもなく、Bさんのほうですよね。

もちろん、これは極端な例です。

ただ、実際に介護施設で働く方に話を聞くと、やはり人当たりのよいお年寄りのケアには力を入れてしまうと、正直な気持ちを語っていました。

それが自然な人間の感情でしょう。

嫌われ者は損をします。

損をしたくなかったら、嫌われないようにするのが得策です。

嫌われないといっても、必要以上に若者に媚びる必要などありません。
唯々諾々と相手のいうことを受け入れるわけでもなく、かといってむやみに逆らわず、穏やかに振る舞うだけでいい。

「逆らわず、いつもニコニコ、従わず」

これは、産婦人科医で「日本笑い学会」副会長である昇幹夫さんの言葉であり、僕自身のモットーとしている至言です。

自分の考えと食い違うことがあっても、いちいち逆らったり従わせようとしたりはせず、ニコニコ笑いながら尊重する。

かといって全面的に相手のいい分に従うのではなく、いったんは受け入れて自分の頭で考えつつ、納得できるところだけ聞き入れればいい。

「逆らわず、いつもニコニコ、従わず」こそが、高齢者にとっての最善の選択だと思います。

ふだんから笑顔で周りの人に心を開いておけば、どうしても譲れない局面で従わなくても、「あの人ならしょうがないな」と思ってもらえるはずです。

漫画家・弘兼憲史が教える最善の選択