「機能と価格に新基準」の軸
楠木 機能と価格という競争の軸足がはっきりしているから、周囲の声がクリアに聞こえるのだと思います。
もともとワークマンのメインターゲットは工事現場などで仕事をしているプロ客です。
彼らは機能と価格を重視する。より正確に言えば、購入基準となるのは機能と価格「だけ」です。ここに特化して会社が成長してきました。
普通の会社で、「お客様の声を聞きましょう」というと、ありとあらゆる声を集めてしまう。すると、いい意見とノイズが入り混じってわけがわからなくなり、本当は意図していた方向とは違う要望に従って脱線してしまうことが多い。
土屋 当社は保守的で怖がりなのです。
アパレルのメインの市場に出たら、ユニクロさんやしまむらさんには絶対かなわないし、子ども向けの衣類をやったら西松屋さんにはかなわない。
創業以来40年間、まったく競争したことのない会社ですから、「競合市場に出たら必ず負ける。それを心してやってほしい」と言っています。
楠木 本田宗一郎さんが、社内で新企画について議論しているときに、「それはトヨタにやってもらったほうがいいんじゃないか」って言ったというイイ話があります。
餅は餅屋。それが本当の顧客志向です。
土屋 ワークマンはアパレル業ではないので、アパレル業と同じ戦略はしないと決めています。
アウトドアウェアやアパレルとの垣根が下がったとは感じますが、アパレル業界のやり方に染まると、同じ次元での競合になり、その業界では競争「劣位」になり、組織自体が脆弱なります。これからも作業服業界のDNAは絶対に貫かなければ勝負にならないと思っています。
楠木 すばらしい。
土屋 私たちの原点は作業服の製造・販売です。
作業服は消耗品ですから低価格でなくてはなりません。
反対にアパレルは高価格商品にシフトしています。客単価を上げ、売値を1.5倍にしても固定費は変わらないから、儲けは2倍になります。
一見おいしい商売で、正直誘惑されますが、絶対にそれはしないと決めています。
なぜならお客様が離れていってしまうからです。
楠木 清々しいですね。感覚的な言い方になりますが、そうした「清々しさ」が優れた戦略ストーリーに必要なものだと思います。
楠木 建(くすのき・けん)
一橋ビジネススクール教授
専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。大学院での講義科目はStrategy。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師(1992)、同大学同学部助教授(1996)、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授(2000)を経て、2010年から現職。1964年東京都目黒区生まれ。著書として『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019、宝島社、山口周との共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)、Dynamics of Knowledge, Corporate Systems and Innovation(2010,Springer,共著)、Management of Technology and Innovation in Japan(2006、Springer、共著)、Hitotsubashi on Knowledge Management(2004,Wiley、共著)、『ビジネス・アーキテクチャ』(2001、有斐閣、共著)、『知識とイノベーション』(2001、東洋経済新報社、共著)、Managing Industrial Knowledge(2001、Sage、共著)、Japanese Management in the Low Growth Era: Between External Shocks and Internal Evolution(1999、Spinger、共著)、Technology and Innovation in Japan: Policy and Management for the Twenty-First Century(1998、Routledge、共著)、Innovation in Japan(1997、Oxford University Press、共著)などがある。「楠木建の頭の中」というオンライン・コミュニティで、そのときどきに考えたことや書評を毎日発信している。
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を本書で初めて公開。本書が初の著書。