「『誰かのために』はもちろん素晴らしい。でも、ちょっと怪しくなる」──そう語るのは「Soup Stock Tokyo」などさまざまな事業を仕掛けてきたスマイルズ代表の遠山正道さん。今回は、The Chain Museum代表としてアート事業をも手掛ける遠山さんと、ベストセラー『13歳からのアート思考』著者の美術教師・末永幸歩さんとの対談をお送りする。
「共感の時代」と言われる現代だからこそ、あえて「私欲」や「自分軸」で考えることの大切さ、デジタル化の波がアート的な思考様式に与えるインパクトなど、議論は多岐にわたった。モデレーターは住友商事顧問の住田孝之氏(構成/高関進)。

「共感」を得るには「私欲」が欠かせない【対談:遠山正道×末永幸歩】※本記事は、11月4日に開催された住友商事主催イベント「The Chain Museum×13歳からのアート思考──Artsを捉える」でのパネルディスカッションをもとに構成した。住友商事はThe Chain Museumともにアート領域での事業展開を目指している。https://www.sumitomocorp.com/ja/jp/news/release/2020/group/14060

「個人化」していく時代には
「アート的なものの考え方」が必要

──アートとは、本来の自分を見つめ直し、取り戻すこと、または、自分が本当にやりたいことをやることだといえるでしょう。ゴールが不確実なこれからの時代、「自分は本当に何がやりたいのか」というところから出発しないと、ビジネスも立ち行かなくなるのではないでしょうか?

遠山正道(以下、遠山) まさにそう思います。昭和の時代、日本の主役は産業でした。産業が大きかったため、個人がそれを分業するという時代だったわけです。しかし、たとえば江戸時代には大きな産業はありませんでした。ビジネスをやるにしても、自分で企画を考え、自分で生産・製造し、さらには看板のデザインや内装のインテリア、運搬、営業まで、すべて自分あるいは夫婦・家族でやっていました。

これは私のイメージですが、江戸時代は約8割が個人商店で約2割が奉行だったとしたら、昭和では約8割が会社勤めのビジネスマンで約2割が個人商店になった。しかしこれからはその割合が再び逆転していくでしょう。YouTuberなどは典型的ですが、仕事が個人化していく、いわば「1人ひとりの時代」になるでしょうね。

──そういう時代になればなるほど、「個人」の責任がクローズアップしてくるように思います。これはビジネスマンにとってある意味面白い時代ではありますが、厳しい時代とも言えますよね。

そんな環境を生き抜くうえで非常に示唆に富んでいるのが、末永さんの『13歳からのアート思考』でも示されている「アートという植物」の話ではないかと思います。アートというと、どうしても地上に出ている「花」に注目してしまうのだけれど、実際にアーティストがやっていることの本質は、地中にある「根っこ」の探究プロセスのほうにある、と末永さんは書かれていますよね?

末永幸歩(以下、末永) はい、そのとおりです。ただ、「アート的なものの考え方が重要だ」というときには、1つ注意したいことがあるなと思っていまして……。というのは、「アート」や「アーティスト」という言葉が免罪符のようになって、「アートでさえあれば新しい・独創的だ」とか、「アーティストはみんな自分の興味を探究している」という勘違いが生まれているように思うんです。

「共感」を得るには「私欲」が欠かせない【対談:遠山正道×末永幸歩】末永さんが考える「アートという植物」。アートの本質は目に見える「花」の部分よりも、むしろ地中にある「タネ」や「根」のほうにある(『13歳からのアート思考』より)

しかし実際には、肩書が「芸術家」でも、本質的には「アーティスト」ではない人というのはいると思います。また、逆に職業としては「職人」や「会社員」であっても、「アーティスト」として生きている人はいます。

つまり、アーティストであるかどうかというのは、「狭義の芸術」に携わっているかどうかというのとは関係がなくて、あくまでも、自分の「興味のタネ」からスタートしているかどうかなんですよね。ですから、「芸術と関わるビジネスが大事」とか「芸術家をプロジェクトに招けばなんとかなる」という勘違いはしないでいただきたいなと思っています。

スタート地点にあるべきは他者への「共感」?
…それとも、個人の「私欲」?

──末永さんのおっしゃる個人の「興味のタネ」からビジネスをやるとなった場合、遠山さんが手がけられた「Soup Stock Tokyo」 のようにうまくいけばいいのですが、そうではないケースはたくさんありますよね。

たとえ自分が「これだ!」と思っていてもやっても、全然ビジネスとして成り立たないということはある。そこでキーワードとなるのが「共感」だと思います。これはアートの世界でもそうかもしれませんが、とくにビジネスの立場では「共感の渦」を広げていくプロセスが必要なのではないでしょうか?

遠山 私が最初に「スープのある1日」という企画書を書いたのが20年以上前ですが、そこに「共感」ということが書いてあるんです。スープというのは、共感のための軸です。スープというものに共感して集まってくれた仲間と、世の中に対して作品のようにスープを提示することで、お客様や世の中から共感性を得られます。そうなれば、スープから次の食べ物、次の物販、次のサービス……というように共感性の波がさらに広がっていくと考えています。

「共感」を得るには「私欲」が欠かせない【対談:遠山正道×末永幸歩】遠山正道(とおやま・まさみち)
株式会社The Chain Museum/株式会社スマイルズ代表取締役社長
1962年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学卒業後、85年、三菱商事株式会社に入社し、建設部や情報産業部門に所属。97年、日本ケンタッキーフライドチキンに出向。99年、食べるスープの専門店「Soup Stock Tokyo」開店。 2000年、三菱商事初の社内ベンチャー企業として株式会社スマイルズを設立。アーティストとして個展を開催するほか、ネクタイ専門店「giraffe」、セレクトリサイクルショップ「PASS THE BATON」、ファミリーレストラン「100本のスプーン」、海苔弁専門店「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」などを展開。「生活価値の拡充」を企業理念に掲げ、既成概念や業界の枠にとらわれず、現代の新しい生活の在り方を提案している。最近では、もっともシンプルな結婚の在り方「iwaigami」、小さくてユニークなミュージアム「The Chain Museum」、アーティストを支援できるプラットフォーム「Art Sticker」などをスタート。さらに、サブスク型の幸せ拡充再分配コミュニティ『新種のimmigrations』を2020年9月より始動。
著書に『成功することを決めた──商社マンがスープで広げた共感ビジネス』(新潮文庫)、『やりたいことをやるというビジネスモデル──PASS THE BATONの軌跡』(弘文堂)がある。