──たとえば、絵画は絵の具などいろいろな道具が必要でしたが、いまやデジタルアートは比較的容易につくれてしまいますし、そこはプラスの面でしょうね。

遠山 額に収まった絵画は、所有することにおいては便利でしたが、海外の作品を買ったら税金もかかりますし、移動するだけで費用がかかる。ですから今後は、非常に高品質なデジタル作品とか、3Dプリンターで再生産できる作品なども広がっていくでしょうね。

先日、落合陽一くんと話したんですが、彼は作品をつくるときにも、自分で手を動かしているわけではありません。プログラマーやカメラマン、エンジニアたちをまとめるある種のプロデューサーなわけです。この場合、「アーティスト」という概念をどう規定すればいいんだろう、というようなことを彼は語っていました。

最初は個人の発意が何かを生み出すとっかかりとなり、いま何が必要で何に関心があるのか「興味のタネ」を深掘りして、「根っこ」をどんどん広げていく。しかし、それを作品として解像度を高めていくエンジニアリングについては、手腕のある人たちと絶妙なチームを組む。いい意味での分業も進んでいくのではないでしょうか。

末永 たしかにデジタルには2つの可能性がありますね。1つは、デジタルを使ってアーティストがどう表現するかという、表現手段としてのデジタル。もう1つは、既存のアート作品を伝えていくためのフォーマットとしてのデジタルです。

私は後者について考えていたんですが、遠山さんがおっしゃった表現方法としてのデジタルについても、大いに可能性は感じます。たとえば写真は「真実を写す」と書きますが、英語ではphotographで、これは語源的には「光+描く」なんです。つまり、写真というのは、「真実を写したもの」というよりは、「光を使って描いた絵」でしかないと。その意味では、油絵具でもなく、光でもなく、デジタルな表現媒体を使って描いた絵画が生まれるのは、当然といえば当然だと思います。

「これをやって何になるのか…」
とあえて考えないようにする意味

──今日はありがとうございました。最後に今回の対話を振り返ってみて、いかがでしょうか?

遠山 私は20年くらい前に絵の個展を4回ほどやりましたが、Soup Stock Tokyoを立ち上げてからは個展をやっていないんです。それは絵を描くよりも、ビジネスというフィールドにスープを乗せて活動するほうが面白いからです。たとえば、誰かがスープを食べておいしいなと思い、その方が別の誰かにスープを贈ってくださることもありますが、そういう拡がりややりがいには、アートとはまた違う喜びがありますからね。

アーティストのように自分の興味を掘って出てきたものを、チームを組んで世の中にぶち込んでいく──そのことによって人に喜んでもらえるという意味では、やはりビジネスってすごくいい領域だなと思いますね。

末永 やはり「小さな個人のことからはじめる」というのがポイントだなと感じました。逆に、「拡張できるような大きなアイデアを考えなきゃ」とか「社会的なインパクトを生み出さないと……」などと考えてしまうと、思考にストップがかかって動けなくなっちゃいますから。

私自身も作品を制作するときに経験したことがありますが、「これをやって何になるのかな?」とか「いつかはこれを大きく育てていかないと……」と考えてしまうと、途中でやる意味を見失ってしまうことがあります。

ですから、まずは個人の興味に従って、まずは小さく動いてみる、手を動かしてみる──。改めて、何か新しいものを生み出すときには、そのことを意識したいなと思いました。本日はどうもありがとうございました!

モデレーター:住田孝之(すみた・たかゆき)
住友商事顧問
内閣府元知的財産戦略推進事務局長
1962年生まれ、85年東京大学法学部卒業、通商産業省(現:経済産業省)に入省。91年からジョージタウン大学国際政治大学院。特許庁、環境庁(当時)、経済連携交渉官、知的財産政策室長、技術振興課長、日本機械輸出組合ブラッセル事務所長、資源燃料部長、商務流通保安審議官、内閣府知的財産戦略推進事務局長などを経て2019年7月退官。ブラッセル在勤中に、統合報告の枠組み作りに深く関与。また、内閣府では、2018年6月に経営デザインシートを含む知的財産戦略ビジョンをとりまとめた。

※この対談の動画は、The Chain Museumが運営するアート・Webアプリケーションサービス「ArtSticker」でもご覧いただけます。