「成功の復讐」からのピボット
御立:そこに土屋さんの活躍の場があったわけですね。
土屋:ただ、強みである弥生文化は継続しなくてはなりません。そこで業態の拡張を考えました。その当時すでに作業服がスタイリッシュになってきていましたので、それをアウトドアウェアとして一般客に売ることを考えました。
御立:それがワークマンプラスや#ワークマン女子につながっていくと。
土屋:弥生企業は「石橋を叩いて渡る」ことが多く、新規事業を怖がります。私は縄文型で新規事業が大好き。だからといって弥生企業を縄文企業に変えるのは難しい。弥生企業に刺激を与え、ちょっとだけずらしたのです。低価格で高機能という製品は一緒で、顧客だけを変えました。
御立:さまざまな小売業の方とお話ししますが、強い会社は愚直に徹底します。
「考える範囲はここまで」と決めているところが強い。それを残しながら「ずらした」というところが、螺旋カーブを描きながら上昇したポイントだと思います。
会社の文化や風土は一朝一夕には変わりませんし、無理にやると、もともとの強みを生んでいた文化が破壊され、新しい投資のためにキャッシュを生み出す力までも低下しかねません。
土屋:「ピボット」だと思っています。軸足はしっかり残して、片足を違うところに踏み出しました。軸足は「しない経営」で、これこそがワークマンの原動力です。そこに縄文人の私が入り、片足だけ違うところに踏み出しました。
御立:成功した企業はそのノウハウで伸びていきます。ところが市場は伸びなくなっています。そこで何をしたかというと、得意なことだけに特化する「選択と集中」でした。
土屋:売れ筋だけ残し、商品やサービスを絞っていく。
御立:そうすると成長力が弱っていきますが、「選択と集中」した部分がキャッシュを生んでいるので、そのやり方から脱出できません。
まさに「成功の復讐」で、自社の成功体験によって、結果として次の成功を阻まれてしまう。上場企業はゼロイチでやり直しなんかできませんから、土屋さんのおっしゃる「ずらし」が必要です。
土屋:キャッシュを生む部分が元気なうちに縄文人がちょっとずらす。
御立:全社を挙げて新しい文化に乗り出そうとせずに、土屋さんのような人材に独立した小さな部門と一定以上の資源をまかせ、そのうえで2種類の異なる文化を取り合わせ、新しい価値を創造するというのも一案でしょう。閉塞感をもつ多くの企業に参考になる話です。
ただ、秘密はそれだけではないように感じています。それについて次回お聞きしたいと思います。
御立尚資(みたち・たかし)
ボストン コンサルティング グループ シニア・アドバイザー
京都大学文学部米文学科卒。ハーバード大学より経営学修士(MBA with High Distinction, Baker Scholar)を取得。日本航空株式会社を経て、1993年BCG入社。2005年から2015年まで日本代表、2006年から2013年までBCGグローバル経営会議メンバーを務める。BCGでの現職の他、楽天株式会社、DMG森精機株式会社、東京海上ホールディングス株式会社、ユニ・チャーム株式会社などでの社外取締役、ドナルド・マクドナルド・ハウス・チャリティーズ・ジャパン専務理事、大原美術館理事、京都大学経営管理大学院にて特別教授なども務めている。経済同友会副代表幹事(2013-2016)。著書に、『戦略「脳」を鍛える~BCG流戦略発想の技術』(東洋経済新報社)、『経営思考の「補助線」』『変化の時代、変わる力』(以上、日本経済新聞出版社)、『ビジネスゲームセオリー:経営戦略をゲーム理論で考える』(共著、日本評論社)、『ジオエコノミクスの世紀 Gゼロ後の日本が生き残る道』(共著、日本経済新聞出版社)、『「ミライの兆し」の見つけ方』(日経BP)などがある。
株式会社ワークマン専務取締役
1952年生まれ。東京大学経済学部卒。三井物産入社後、海外留学を経て、三井物産デジタル社長に就任。企業内ベンチャーとして電子機器製品を開発し大ヒット。本社経営企画室次長、エレクトロニクス製品開発部長、上海広電三井物貿有限公司総経理、三井情報取締役など30年以上の商社勤務を経て2012年、ワークマンに入社。プロ顧客をターゲットとする作業服専門店に「エクセル経営」を持ち込んで社内改革。一般客向けに企画したアウトドアウェア新業態店「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」が大ヒットし、「マーケター・オブ・ザ・イヤー2019」大賞、会社として「2019年度ポーター賞」を受賞。2012年、ワークマン常務取締役。2019年6月、専務取締役経営企画部・開発本部・情報システム部・ロジスティクス部担当(現任)に就任。「ダイヤモンド経営塾」第八期講師。これまで明かされてこなかった「しない経営」と「エクセル経営」の両輪によりブルーオーシャン市場を頑張らずに切り拓く秘密を本書で初めて公開。本書が初の著書。