仮に、父が亡くなって相続が開始した場合(一次相続)、母が父の遺産を相続すると既に保有している5億円に財産が上乗せされるため、母の相続(二次相続)時の相続税が多額になることが予想されます。

 そのため、父の相続開始時(一次相続)では、父の財産を母が相続することなく、Aさんと妹の2人のみで均等に相続するということで、家族内部の話し合いが進んでいました。家族内部の方向性は一致しているため、父は遺言を書くことの必要性を感じていませんでした。

 そんな中、母が突然の認知症を発症し、症状が急激に悪化してしまいました。

「法定後見制度」を
利用しなかったワケ

 認知症を罹患した人は自身の財産管理を正しく行うことが困難になります。そのため、家庭裁判所が選出した後見人がその管理を支援する「法定後見制度」が利用できるようになっています。ですが、Aさん一家は母に成年後見人の選出を申し立てることはしませんでした。

 裁判所が公表している「成年後見関係事件の概況 -平成31年1月~令和元年12月-」によれば、親族後見の割合は約22%で、残り約78%は司法書士などの専門職が後見人に選任される専門職後見となっています。

 つまり、裁判所に申し立てたとしてもAさんや妹が後見人に選任されるとは限らず、そればかりが選任されない可能性の方がはるかに高いということです。専門家とはいえ、全く知らない他人に母の全財産を開示し全てを管理されることに、父を含めた家族全員、抵抗がありました。

 成年後見人が選任されると家庭裁判所の管理下に置かれてしまい、銀行預金含めて全ての財産を成年後見人が管理することになります。そうなると、母の財産に対する生前対策(生前贈与など)が全くできないことになる。仮に、母に成年後見人が選任された後に父の相続(一次相続)が開始し、母が父の財産を相続してしまうと、ますます相続税対策ができなくなってしまう……とAさんは考えたのです。

 このような状況下ではありましたが、父は遺言を書くことは頑なにしませんでした。自分の遺産は兄妹2人だけに相続させることは決まっているんだから、わざわざ遺言を書くなんて大げさだ!と全く取り合ってくれません。しかしながら、これが悲劇の始まりでした……。