指揮命令系統が機能していないのが問題
医療資源を配分するDMATを活用すべし

 しかし、ここで大事な条件がある。これが二つめのポイントだ。

 指揮官として医療資源配分のプロを起用し、全体像を示すことである。日本でこの訓練を受け、実践してきたのはDMAT(災害医療派遣チーム)だけである。政府に諮問する専門家の中に災害医療(医療需要が医療供給を上回る状態)の専門家がいない。パンデミック対策の一番大きな柱が感染予防であることは間違いないが、もう一方の柱は医療提供体制整備である。感染症の専門家や疫学、公衆衛生の専門家の役割は重大だ。しかし、彼らに医療提供体制整備に関しての知見や経験はない。

 厚労省は既に2020年3月から都道府県調整本部にDMATを活用するよう各都道府県に通知している。しかし、その役割は主に患者の搬送調整であり、指揮命令系統の一部でしかない。大切なことは各都道府県の医療資源全体を統括する仕事である。調整ではない。つまり、権限が必要である。これをするには政治の裏付けがなければ無理だ。医療資源配分は非常に高度で専門的なオペレーションだ。

 巷間(こうかん)でいわれているような「お金をつければサボっている民間病院が協力する」というようなシンプルな話ではない。各医療機関の能力や特徴をリアルタイムで把握しなければ、適切な配分は行えない。場合によっては臨時医療施設を設けて、そこに医療従事者を投入するケースもあるだろう。「どこにどのような戦力がどれくらいあるのか」を知らない人が指揮官になれば、現場は混乱し、まさに救える命を救えなくなるだろう。

 例えば、冒頭に挙げた『医療崩壊の真実』の分析によれば、新型コロナウイルス感染症の重症患者が一般病棟で診療されたり、逆に軽症患者がICUで診療されたりというミスマッチが多く起きていた。同書によれば、春の第1波の新型コロナウイルスの東京の狭義の重症患者が100人を超えた時期も、多くの東京都内の病院のICUの利用率は通常より大幅に低下していたという。おのおのの医療機関に個別の事情や合理性があったことは察せられるが、この時期も救急搬送困難事例が増えていたことを考えれば、地域の医療資源が適時適切に利用されているとは言い難い。

 要するに、指揮命令系統が機能していないのだ。

 一方、ダイヤモンド・プリンセス号のオペレーションの頃からDMATが深く関わっている神奈川県は、医療危機対策統括官にDMATの医師を起用して全国で最も優れた本部機能を発揮している。神奈川方式と呼ばれる独自の入院基準を設けた。神奈川県の新型コロナウイルス感染症の入院患者は中等症・重症が他県に比較して圧倒的に多い。つまり、トリアージがきちんとでき、真に必要な人に医療が届けられている。

 他方で、その神奈川県でさえ医療が逼迫している最大の理由は、医療危機対策統括官をもってしても、新型コロナウイルス感染症以外の入院患者のトリアージが難しいことにあるのではないか。つまり、そこまでの権限が与えられていないということである。

コロナ禍では
トリアージができていない

 想像してみてほしい。もし、今、都市直下型地震が起きて数万人規模の外傷患者が発生したとする。その場合、DMATはトリアージを行う。歩ける人は緑、今すぐ治療をしないと命に関わる可能性がある人は赤、その中間の状態の人には黄色タッグが貼られる。もう救うことができない人に黒タッグを貼るところばかりがクローズアップされるが、一番大切なのはまず緑タッグの人に待ってもらうことである。

 各医療機関は自分の病院の周りに何百人もの瀕死の負傷者がいれば、比較的、お元気で歩くことができ、今すぐ治療しなくてもご本人への影響が少ない入院患者を選び、ご帰宅いただき、通院に切り替えるはずである。

 もちろん、地震で怪我をしても軽い方は応急処置のみでお帰りいただく。そして、病院周辺の瀕(ひん)死の患者をまず治療する。これがトリアージである。各医療機関は地震ならばそうするはずだ。阪神淡路大震災の教訓が生きている。しかし、コロナ禍では、新型コロナウイルス感染症患者であれ、それ以外の疾患の患者であれ、まだこれが行われていないのである。

 つまり、軽症者や緊急とまでは言えない患者が入院している。医療需給は基本的に均衡しているのだから、新たな患者需要が大幅に増えた場合、何らかの方法で需要を減らすか、大幅に効率化しなければ、需給バランスが崩れるのは当然である。

 もちろん、このオペレーションは従来のDMATの領分を超える。なぜならば地震災害と違い、コロナ禍はいつ収束するか見通せず、期間が長期にわたると考えられるからだ。回復期・慢性期病床や介護への影響も甚大だ。医療・介護の設置主体の経営や存続にも関係し得る。具体的な方策を作る際には当然、行政、地域の基幹病院長や医師会、病院団体はもちろん、保健所、消防、介護施設、地域の中小病院などあらゆる当事者との合意が必要だ。感染症や公衆衛生専門家のアドバイスも必要だろう。

 しかし、目的と指揮命令系統、権限を明確にしなければ、迅速かつ効果的に動くことはできない。DMATに強権を持たせるのではなく、DMATはあくまで謙虚にコーディネーターとして、行政と協力し、直ちに命に関わる医療を最優先にすることを目的に掲げ、関係者の合意を取り付ける必要がある。この作業は難航が予想されるが、時間はない。多くの関係者の思いは同じであり、必ず合意は得られるはずだ。